週のはじめに考える ガラスの天井は破れる - 東京新聞(2018年11月4日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018110402000185.html
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不正入試や女性閣僚が一人の内閣。この国のガラスの天井の厚さにあらためてびっくりです。その閉塞(へいそく)感は女性だけの不運、不幸でしょうか。
まずはニーブという一人の赤ちゃんの話から始めることにします。お母さんはニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相。九月には国連総会にも一緒に行きました。お父さんのクラーク・ゲイフォードさんはツイッターでこんな投稿をしています。

◆移民の夢が変化を促す
<昨日、国連の会議室でおむつを替えてる最中に入ってきた日本の代表団のびっくりした顔を写真に撮れれば良かったんだけど>
ニーブの初めての海外旅行は、世界の人にも(少なくとも日本の代表団には)初体験となる驚きをもたらしたのでした。
人口四百七十万人余の小さな国ニュージーランドはいくつもの「世界初」を生み出しています。一つが女性参政権。一八九三年九月に法律が可決されました。中心的な役割を果たしたのはケイト・シェパードという女性です。
父の死後、英国からニュージーランドに移住し、雑貨商の夫と結婚。キリスト教系の女性団体で参政権獲得に奔走しました。「人種や階級、信条や性別など、あらゆる分断は克服されるべき」と訴え集めた署名は三万人以上。人手不足の移民国家で、女性が貴重な労働力として存在感があったことも参政権実現を後押ししたと考えられています。
移民たちには新天地を「旧世界」とは違う国にする夢もありました。八時間労働制は、大工が「一日の三分の一は睡眠、三分の一は好きなことに使う」と主張したことが始まりです。出身の英国では十二時間労働が当たり前でしたが「ここはロンドンじゃない」と朝六時から働けという依頼主の命令を突っぱねたそうです。

◆「公事」と「私事」壁厚く
シェパードが求めたような分断の克服を模索する政治は、最低賃金制度や児童手当法などを世界に先駆けて実現させていきます。現在、国会の女性議員比率は40%近くに達しています。仕事以外の人生を大切にする価値観も尊重され、家族との時間を確保したいと辞任した男性の首相もいます。ニーブは百二十五年かけて積み上げられた多様性のゆりかごに揺られているのです。
さて、翻って日本です。実は、ニュージーランドよりも早い一八八〇年に区会選挙で女性参政権が認められた町が高知県にあります。夫と死別した楠瀬喜多という女性が「戸主として納税しているのに、女だから選挙権がないのはおかしい」と国に訴え出たのです。高知は自由民権運動がさかんで、楠瀬も「民権ばあさん」と呼ばれました。
しかし法改正で参政権は四年で消滅し、次に女性が一票を投じることができたのは戦後。衆院での女性議員比率はいまだ10%台にとどまっています。
女性参政権の空白期間となっていた一九三〇年、女性史の創始者高群逸枝は「公事」「私事」という言葉を使って女性を阻む天井の正体を考察しています。「支配階級を益する労働」である公事が尊いとされる社会では、生活にまつわる私事は「支配者への奉仕率を低減する」として蔑視されます。そのため出産などで公事から脱落する女性は、男子より低い地位におかれるというのです。
九十年近くたった今も、病院の運営を優先し、女性が医学部の入試で差別されるような事態が続いています。それ自体も悲しいことですが、公事と私事の壁が分厚い社会で、公事に閉じ込められた人たちも長時間労働に疲弊し、過労死に追い込まれています。ガラスの天井の厚い社会は、別の壁もつくりだし、性別問わず人々の生きづらさを増しているのではないでしょうか。「生産性」にも決して寄与しないでしょう。人口減少など未知の課題に直面し、多様な知恵を寄せ合うことが必要なこれからの社会では、なおさらに。

◆一票の「滴」で少しずつ
少しずつ変化は生まれています。新潟県津南町では二児のお母さん、桑原悠さんが三十一歳で全国最年少の町長になりました。ニュージーランドの研究者で、山形県酒田市の副市長に起用された矢口明子さん(51)は「日本一女性が働きやすい町」を掲げ、長時間労働是正などに取り組んでいます。
ニュージーランドの十ドル札になったシェパードは、こんな言葉を残しています。
「一票にたいした意味はないと考えないで。乾燥した大地を潤す雨も一滴からできているのだから」
来年は統一地方選参院選があります。一票という滴(しずく)には、天井や壁を破る力もあるはずです。