<変革の源流 歴史学者・磯田道史さんに聞く> (10)AI時代 通じぬ慣例 - 東京新聞(2018年4月13日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201804/CK2018041302000148.html
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磯田道史さんに「明治百五十年」を聞く最終回。この国の未来像について伺います。

−これからの日本はどうなっていくのか、考えを聞かせてください。

私は近年、人工知能(AI)のことをよく考えます。
歴史をたどると、日本は世界の多くの地域と同様、狩猟採集の時代から、農耕の時代、そして工業の時代へと、時間とともに豊かになってきました。この場合の「豊か」とは、一人当たりの収入・生産量が増えるという意味です。
工業化の次は、サービス産業が中心の社会構造になり、その後は、インターネットで世界がつながるIT社会になった。次に来るのは、AIの時代です。すでにディープラーニングといって、機械がものを学習して動く時代になりつつあります。
では、完全にAIの時代になった時、一人当たりの収入が増えるのかを考えてみましょう。結論からいうと、どうも怪しい。近年の論考で、IT化により一人当たりの収入が減り始めている、との指摘があります。富の偏在が進んでいる。さらにAIの技術が発達すれば、収入が増えるのは一万人に一人。放置すればほとんどの人の収入が減る、という予測もあります。労働が機械に置き換わり、雇用機会が減る可能性が高い。

−日本人が陥りがちな失敗の傾向を知っておくことも必要だと思います。

一番は「経路依存」、これまでのやり方に頼る傾向です。昔からいる人ほど偉くなる。そんな江戸時代以前からの社会の名残が、今も目につきます。会社でも、長年勤めている人が出世する傾向が根強いでしょう。
中国やアメリカでは、若い経営者がどんどん生まれています。日本がIT産業主体の社会へとスムーズに転換できないのも、経路依存の影響があるように思います。昭和の戦争に突き進んだ政治や、やめるにやめられない原発なども、根っこに同じ性質があるのではないでしょうか。

−子供に必要な教育は何があるでしょう。

重要なのは「デザイン思考」です。AI時代は、労働の多くをAIが担い、人間は一線から退く「総ご隠居社会」になるでしょう。そこで人間は何をするか。
AIの使い道を考えることです。目標とルールが決まっていれば、AIは威力を発揮しますが、目標自体はつくれない。だから「こんな形の建物を建てたい」と思い定めることなど「したい」の部分が大事になるのです。つまり目標のデザインです。デザイン思考は、心の自由度が高く、何をしたら楽しいかを分かっていないと持てません。努力より発想力が、教育の鍵になるはずです。
もう一つ、世の中の流れが速くなるので、自分を再教育する力が必要です。今ある知識は、すぐ古くなる。知っていること以上に、情報を集め、調査し、対応する力を持った人が強いでしょうね。
今、世界は産業革命以来、約二百年ぶりの変化の入り口にいます。今のエリートと二十年、三十年後のエリートの姿は違います。明治維新ともまた違う、大きな発想の転換が必要となるでしょう。

−ありがとうございました。 (聞き手・中村陽子、清水俊郎)

<いそだ・みちふみ> 1970年、岡山市生まれ。国際日本文化研究センター准教授(日本史・社会経済史)。NHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」の時代考証者の一人。著書に『武士の家計簿』『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』など。