https://mainichi.jp/sunday/articles/20180326/org/00m/010/001000d
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▼「全責任は財務省に」の不条理
▼「ヒラメ官僚」を量産する「内閣人事局」は解体せよ!
佐川宣寿・前国税庁長官の証人喚問だけでは森友学園疑惑の全容解明にはたどりつかない。問いただされるべきは、安倍晋三首相の妻昭恵氏だからだ。欠けていたピースが少しずつ埋まり、像を結ぶ。そこに映るのは、疑惑の主役・首相夫妻にほかならない。
「“安倍丸”は沈没寸前だ。総裁3選はもうあり得ない。来年の参院選は違う顔でやるしかない。辞任は、安倍首相がどのタイミングで決断するかだ」
安倍首相の出身派閥・清和会(細田派)幹部からも、こんな声が聞こえ始めた。森友学園への国有地貸し付け・売却を巡る疑惑とそれぞれの決裁文書の改ざん問題は、政権の体力を確実に奪っている。
『毎日新聞』の世論調査(3月17、18日)では、内閣支持率は前月比12ポイント下落の33%。「危険水域」とされる20%台は目前だ。与党も、佐川氏の証人喚問にようやく重い腰を上げたが、世論と野党に押し込まれ防戦一方の感は否めない。喚問決定直前の自民党副幹事長会議(20日)の重苦しい雰囲気が、それを物語る。
「佐川さんを認めると『他にも、他にも』となる」
「(野党は)佐川の後にまた喚問要求を出してくると思う。(昭恵)夫人付だった谷(査恵子)さんらも呼べ、となりかねない」
野党ペースの国会運営となることを警戒する声が相次ぐ一方、問題を複雑化させている「あの人」の振る舞いに、ため息が漏れた。
「安倍昭恵さんが、いまだにいろいろなイベントに出ているようで、びっくりした。この辺も慎重にならないのか」
新年度予算案の審議のさなかに、「安倍事案」である森友疑惑対策に神経を費やす副幹事長としては、ぼやきたくなるのも無理はない。そんな“ご家来衆”の苦労を知ってか知らずか、昭恵氏は相変わらずマイペースだった。
愛知県東海市で同17日にあった福祉イベントで、昭恵氏はこう語っている。
「過去を後悔したり反省したりすることもあります。でも、先に起こることを心配したり恐れたりするのでなく、日々の瞬間、瞬間を大切にしたいです」
また、同9日には東京・銀座で開かれた大手PR会社副社長の誕生日パーティーで、芸能人らと同席したとも伝えられている。
昭恵氏の招きで2016年10月、首相公邸で面談した西田亮介・東京工業大准教授(社会学)は、彼女の人となりをこう評する。
「『普通でありたい』と言う一方で、『自分にしかできないことをしたい』とも言う。矛盾やコンプレックスを抱えた人物だという印象を持ちました。昭恵さんにしかできないことがあるとすれば、それは首相夫人という地位があるからです。彼女を巡っては私人か公人かという議論がありますが、強い政治的影響力を持つ首相夫人だという事実は誰も否定できません」
国有地の貸付期間を原則の3年から延長する「特例」を認める財務省理財局の決裁文書では、次の記述が「なかったこと」にされていた。籠池泰典被告(詐欺罪で起訴)が14年4月、財務省近畿財務局担当者に伝えた内容である。
〈打合せの際、「本年4月25日、安倍昭恵総理夫人を現地に案内し、夫人からは『いい土地ですから、前に進めてください。』とのお言葉をいただいた。」との発言あり〉
国会で安倍首相は「妻に確認した」として、発言を否定。だが、とらわれの身の籠池被告は3月23日、大阪拘置所で接見した野党議員に、「(昭恵氏が)確かにそういうふうにおっしゃっていた。間違いない」と語ったという。
与党は「陰謀論」質問で失点拡大
籠池被告については、弁護人以外接見禁止という状態での勾留が8カ月に及ぶ。ただ今回は、大阪地裁が特別に許可したため、野党6党の議員の接見が可能になった。くしくも1年前の3月23日、籠池被告は衆参両院の証人喚問で、15年9月5日に学園経営の幼稚園に講演のため訪れた昭恵氏から小学校建設費用として100万円を受け取った、と証言。併せて、籠池氏の要請を受け、前出・谷氏が理財局の室長あてに、国有地貸し付けについて問い合わせたファクスの存在も暴露している。
証人喚問で虚偽を述べれば、偽証罪に問われる。籠池被告の起訴内容は、小学校建設に伴う国の補助金を詐取したというもの。「100万円の寄付」を安倍首相は強く否定しているのに、籠池被告の偽証について問おうとする動きはこの1年間、全くないのである。
こうした経緯から、昭恵氏の証人喚問は不可欠なのだが、自民党内にはシニカルな見方もある。同党のベテラン衆院議員の声だ。「安倍内閣を一発で倒す方法はありますよ。昭恵さんの招致を認めるべきだとの声が一部からでも出れば、終わり。妻が原因で辞任した総理なんて、レガシーに残る話。笑えないけどね」
決裁文書改ざんについて、実行者や時期の特定を進める財務省の内部調査に進展はみられない。他方、この問題を巡る国会での議論も、与野党ともに低調といわざるを得ない状況だ。
3月19日の参院予算委員会では、自民の和田政宗議員の質問が物議を醸した。「まさかとは思いますけれども、太田(充)理財局長は、民主党政権時代の野田総理の秘書官も務めておりまして、増税派だから、アベノミクスを潰すために、安倍政権をおとしめるために意図的に変な答弁をしているんじゃないですか、どうですか」
改ざんの動機となったとみられている国会答弁について、麻生太郎財務相と太田氏の認識の食い違いをただした発言なのだが、唐突な「陰謀論」的指摘は、太田氏も心外だった様子。「それはいくら何でも、いくら何でもご容赦を」と繰り返す場面がワイドショーで取り上げられた。
結局、和田氏の発言は、「野田総理の秘書官」と「安倍政権をおとしめる」のくだりが会議録から削除されることになった。本誌の取材に、和田氏が反省の弁を述べる。
「言い過ぎた面があり、個人攻撃と受け取られかねない発言だったと大いに反省しています。問題の部分は、予算委の与党理事に自ら削除を申し出ました」
影響は大きく、新聞社あてに和田氏や家族への殺害予告が届く事態にまでなっている。和田氏が続ける。
「メディアで一方的に非難されると、こういう目に遭うんだという経験を今後に生かしたい。改ざんについては大問題だと認識しており、開示すべき情報は開示を求めていきます」
一方、野党の追及も決定打を欠いた状態だが、次の場面は一つの山場だった。同19日の参院予算委で、小池晃・共産党書記局長は「なんで国会議員でもない安倍昭恵さんの動向が決裁文書に記載されているのか」と質問。太田氏は、珍しく端的、明快に答えた。
「基本的に、総理夫人だということで、ということだと思います」
「佐川に全責任」のシナリオ破綻
佐川氏は同27日、参院、衆院の順に証人喚問に臨むが、これで明らかになることは限られている、というのが大方の予測だ。その上で、ある自民党衆院議員は「どう転んでも与党に有利にはならない」と見通す。
「佐川氏が『官邸周辺からの指示があった』と言えば大問題だし、『忖度(そんたく)した』と答えても、国民は『政治の重圧で忖度させられた』と受け止めるでしょう。和田議員の例の質問で、官僚への同情が高まっていますからね」(同議員)
佐川氏に全責任を負わせようという政権の“卑劣なシナリオ”は、既に破綻したも同然なのだ。
森友疑惑について背任容疑でも捜査している大阪地検は証人喚問後、佐川氏を任意で聴取する方針とされる。そうなると、佐川氏は「刑事訴追の恐れあり」として核心に触れる部分に言及しない公算が大きい。攻める野党も戦略が必要になる。立憲民主党の岡島一正衆院議員はこう読み解く。
「森友問題には三つの特例があります。(1)貸し付けの特例(2)売り払いの特例(3)文書の特例です。このうち、佐川氏が知り得るのは(3)の文書改ざんに関わる部分。(1)は当時の近畿財務局長や谷氏、そして昭恵氏に、(2)は佐川氏の前任理財局長の迫田英典氏に尋ねないと明らかにはならないでしょう。野党としては、このあたりを整理して質問しないと、国民にとって分かりにくい結果になりかねません」
政治ジャーナリストの角谷浩一氏は、野党が佐川氏の心を開く巧妙な質問ができるかに注目する。
「財務省は佐川氏の退職金が約5000万円であると明かしましたが、これは異例です。退職金をカタに取った『余計なことはしゃべるな』という圧力ともいえますし、『5000万円のために官僚の矜持(きょうじ)を捨てるのか』というサインとも受け取れる。揺れる佐川氏の背中を押すうえで、彼に官僚としての初志を思い起こさせるような質問が有効になるかもしれない。逆に、証言を拒んでも、国民は『佐川は知っているんだ』という印象を抱くでしょう」
官邸の強権人事で霞が関は萎縮
決裁文書の改ざんの出発点は、昨年2月17日の安倍首相の進退をかけた答弁にあるとみられている。このケース以外でも、安倍政権下の霞が関は「とかく官邸の顔色をうかがう」と評される。その背景には、全省庁の審議官級以上の幹部職員600人の生殺与奪権を握る内閣人事局の存在がある。
14年5月に設置された人事局は、それまで各省庁で決めていた幹部の人事権を掌握。人事局作成の幹部候補名簿を参考に、実質的に首相と官房長官が人事を決定する。局長は官房副長官だが、官房長官の意向が強く働くという。
「人事局設置は、官僚主導から政治主導を目指した1990年代の行政改革の延長線上にあります」と言うのは、首相秘書官経験を持つ成田憲彦・駿河台大名誉教授だ。当時、縦割りや省益に固執する官僚主導の弊害が問題視されていた。
「国民の利益を考え、時代に合った省庁横断的政策の実現が目的だったが、とにかく政治を強くすればいいという風潮があったのも確かです」(成田氏)
官僚の人事権をこれだけ独占するのは先進国でも異例という。元経済産業官僚の加藤創太・東京財団政策研究所上席研究員は、その弊害を指摘する。
「官僚にとって人事は最大のインセンティブ。どうしても人事権を持つ方向を見て仕事をするようになっていきます。人事局が、各省庁での詳しい人物評や実績まで把握して適正に評価できているのか疑問です。任用基準を明示したり、第三者を入れたりして中立的・客観的な人事評価を担保すべきでしょう」
そして、安倍1強体制下では、官邸の意向にそぐわない官僚が疎外される事例も散見されるのだ。霞が関関係者が振り返る。
「15年夏の総務省人事で、当時の高市早苗総務相が提案したある幹部の昇格について、菅義偉官房長官が強く拒んだ例があります。この幹部は、菅氏が進めるふるさと納税制度に反対していました」
元経産官僚の古賀茂明氏は「官僚は安倍政権の強権的な人事に恐怖を感じています。集団的自衛権行使を一部容認する憲法解釈変更を巡っては、官邸の意に沿う人物を内閣法制局長官に据えました。刃向かう官僚は、個人攻撃までされる。それなら、従順に顔色をうかがっていようという悪循環が生じてしまいました」。
95年から8年以上にわたって官僚トップの官房副長官を務めた古川貞二郎氏は、行き過ぎた政治主導を危惧する。
「政治色の強い人事局は謙虚に運用しなければ、官僚人事をゆがめる恐れがあります。政治主導と政治家主導は違います。公平で自制的な運用が不可欠です」
人事局の現状は、野党も問題視している。元財務官僚の玉木雄一郎・希望の党代表は「現行の運用は見直すべきだ」と訴える。
「政治家が知ることができる人材は限られています。だから『昔、自分の秘書官だった』などの理由で、仲良しの官僚ばかりが登用されることになる。一方の官僚は上ばかり、政治家ばかりを見るという結果になってしまいます」(玉木氏)
強権官邸と「ヒラメ官僚」の打算がもたらす「人事のゆがみ」が、政策や社会までゆがませるのは、論をまたないのである。(本誌・花牟礼紀仁/河野嘉誠)