(筆洗)今、目に映るのは、疑惑の嵐の中で、記録から逃げようとする公僕たちの姿 - 東京新聞(2018年3月9日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2018030902000134.html
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一八八六年六月十二日、ドイツ海洋気象台の帆船ポーラ号の船長はインド洋上で、一本の瓶を海に投げ入れた。中には拾った人に、いつどこで見つけたか報告を促す文書が入っていた。瓶の流れで海流を調べるためだ。
その瓶が、ついに回収された。投入から百三十一年と二百三十三日後に、オーストラリアの海岸で女性が、砂に埋まった瓶を拾い上げたのだ。中に入っていた文書を解読して大発見だと分かったが、それでも半信半疑で専門家に調査を依頼した。
太鼓判を押したのは、ドイツ海洋気象台の記録を受け継ぐドイツ気象局である。ポーラ号の船長の日誌を調べると、まさにその日に瓶を投げ入れたことが明記してあったのだ。
瓶の奇跡的な発見にも驚かされるが、同時に感心させられるのは、百年以上も前の日誌まできちんと保存し続けるドイツ政府のきちょうめんさだろう。どこかの国の政府など、大切な国有財産売却の記録すら平気で「捨てた」と言い、公開された文書にも改ざんの疑いがもたれている。百年後の調査どころか、二、三年後の検証にすら耐えられぬのだ。
十九世紀英国の偉大な画家ターナーは船上で嵐の海を描いた時のことをこう語ったという。「逃げようとは思わなかった。記録しなくては、と思ったのだ」
今、目に映るのは、疑惑の嵐の中で、記録から逃げようとする公僕たちの姿だろう。