週のはじめに考える あいまいな日本の私たち - 東京新聞(2017年11月26日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017112602000143.html
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「不寛容社会」と言いますが、確かに当今、何かと明確化、厳格さを求める空気が強まっている気がします。でも、曖昧って悪いことばかりでしょうか?
曖昧とは、辞書によれば、はっきりしないこと、まぎらわしく、確かでないこと。良い方向のニュアンスはないですね。
見出しは、無論、大江健三郎さんの「あいまいな日本の私」を借りたものですが、あのノーベル文学賞受賞記念講演も、アジアでありつつアジアに背を向けたわが国近代を自省する「あいまい」であり、やはり多く、負の意味でとらえられるようです。

◆好きな英語は「多分」
例えば、森友・加計問題。安倍晋三首相は説明したと言いますが、事訳は、なおはっきりしないまま。この種のことは当然、曖昧では困ります。また、ビジネスの世界、ことにものづくりの現場などでは次々、「勘」や「経験」という曖昧さが、「データ」や「システム」という明確さに置き換えられています。市場主義の信奉する「効率」と相性が悪いのでしょうか。
でも、そもそも私たちの言葉、日本語の特徴の一つは曖昧さだといいます。
例えば、何かに誘われ「はい、でも、ちょっと」。外国人には断りと伝わらず、誤解につながったりもしますが、はっきりノーと言わないのは相手への柔らかな配慮、優しさでもありましょう。ちなみに、英語でも日本人が多用する言葉の代表例は「maybe(多分)」だとか。
妄(みだ)りに想を連ねるようで恐縮ですが、明確さ−あからさまを嫌うという点では、着物の表でなく裏地に凝ってこそ粋という美意識にも通じる気がします。俗謡にも、こんな文句がありましたっけ。
<恋に焦がれて鳴く蝉(せみ)よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす>
どうも、日本人の心性には、あえて明確さを避ける、曖昧をよしとするところがある気がします。

◆柔よく剛を制す
「明確な」という意味の英語preciseは、切り落とす、省略されたといった意を持つラテン語に由来するようです。曖昧なものの、どこかに線を引いて余計なところを切り落とし、省略すれば効率的にはなり得るとしても、いろんな判断にそれが敷衍(ふえん)されていくと、いささか息苦しい不寛容な空気となるのでしょう。
曖昧さを嫌い、明確さを求めたという意味では、先の衆院選で話題をさらった小池百合子さんの「排除」もその類いかも。安保関連法制への賛否という線を引いて、民進党議員間の違いを明確にし、一方を切り落としました。
逆に、曖昧とは、余計なところを捨てない、その複雑微妙な事情を、そのまま抱え込むような態度とも言えます。その意味でも、明確化、厳格さを「剛」とすれば、曖昧さは「柔」でしょう。そして「柔よく剛を制す」で、曖昧なればこそ機能する、ということもあります。
例えば、地球温暖化防止の画期的な国際ルール、パリ協定。「意識高い系」の主張を振りかざして取り決めを明確化、厳格にしすぎるのでなく、逆に、曖昧にしたからこそ、先進国、途上国をひっくるめて幅広い合意が実現できたのです。そして、それは今、背を向ける米国、鈍感な日本を置き去りにしつつ、世界の近未来ロードマップになり始めています。
わが国と隣国を含め世界に数多(あまた)ある領土問題でも、短兵急に明確な線引きを求めれば、剣呑(けんのん)な摩擦熱が生じるのは必定。解決の機が熟すまで曖昧にしておくというのも、一つの知恵でありましょう。
そして、改憲問題。九条に自衛隊を明記するというのが安倍首相や自民党の主張ですが、ここでも同じことが言えないでしょうか。
そもそも、自衛隊違憲だとの主張があるから明文化すべきだと首相は言いますが、自民党政権は代々、合憲だと言い続けてきたはず。しかも、主権者である国民の側に、ぜひにも明文化を、という強い要望があるわけでもありません。なのに、憲法に規制される権力の側が懸命に旗を振って、憲法を変えてしまおうというのですから、間尺に合いません。

◆壊れていないのに直すな
国是ともいうべき平和主義と、巨大な武器兵力を有する実力組織という性格の間で、微妙なバランスの中に定着してきたのが自衛隊でありましょう。いわば、その曖昧さのおかげで、専守防衛を旨とし、むやみに武張ることなくこられた。首相は、位置付けの曖昧さが気に入らないようですが、むしろ曖昧だからこそ、国民は安心して自衛隊を頼りにできるのです。
西諺(せいげん)に曰(いわ)く、<壊れていないものは直すな>。明文化で、わざわざ、そのバランスを崩す愚は避けるべきでしょう。