(筆洗)夏休みの宿題 - 東京新聞(2017年8月31日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017083102000152.html
https://megalodon.jp/2017-0831-0914-48/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017083102000152.html

脚本家の向田邦子さんがお伽噺(とぎばなし)の中で一番心に残っているのは「桃太郎」だと書いている。理由がちょっとおかしくも悲しい。
小学生のときに「桃太郎」をノートに書き写すという宿題が出たが、終わっていない。登校時間が迫る中、朝ご飯のお櫃(ひつ)を机代わりに半ベソで書く。「どうしてゆうべのうちにやって置かない。癖になるから、誰も手伝うことないぞ」と父親がどなる。母親は「落ち着いてやれば間に合うんだから、落ち着きなさい」。お櫃の上で書いていたのは、心細くて自分の部屋ではやっていられなかったからだそうだ。読んでいて騒々しくも温かいドラマを見ている気分でもある。
どなたにもやっていない宿題の思い出があるだろう。その当時は焦り、半ベソになったかもしれぬが、思い返せば、親の罵声や励ましもどこか懐かしくもあるのではないか。
その宿題のやり方は後で振り返りたくなる思い出を残してくれるかと心配する。読書感想文や工作など夏休みの宿題を売ってくれる人があるそうだ。
できあがっている宿題をネットで購入し、一丁上がりとは聞いただけで後ろめたく、居心地が悪い。あのお父さんなら「癖になるから」と怒るだろう。
宿題を買って提出。おまけに先生にほめられた。それに胸を張る子はまずいない。その子の夏の思い出には苦くざらざらとしたものがまじっているはずである。