(憲法を考える)自衛隊追記、その先に危うさ 9条改正論 集団的自衛権、新条文で拡大も - 朝日新聞(2017年5月30日)

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安倍晋三首相が打ち出した憲法9条改正論は、9条1項と2項は残しつつ、自衛隊の存在を新たに書き加えるという内容だ。自民党はこれまでの改憲草案の中で、2項の戦力不保持を削除して自衛隊を「軍」と位置づけてきた。首相の提案はこれに比べれば「ソフト」な改憲論と受け取られそうだが、単なる現状追認にはとどまらない危うさをはらむ。
自民党が2012年にまとめた「憲法改正草案」は、2項の戦力不保持と交戦権否認を削除。代わりに「前項の規定(戦争放棄)は、自衛権の発動を妨げるものではない」と明記したうえで、国防軍を保持するとしている。自民党の解説によれば、明記する自衛権には集団的自衛権も含まれる。
首相は9日の参院予算委員会では、野党からの質問に「1項2項を残すのだから、当然いままでの憲法上の制約は受ける」と答弁。行使できる自衛権の範囲が拡大するわけではないことを強調した。
首相の提案は公明党が掲げている「加憲」論と重なりあう。公明党の賛成や国民投票での承認を確実にするには、「集団的自衛権も行使できる国防軍」という自民党草案が描く姿からの「後退」もやむなしとの判断に傾いたようだ。
公明党幹部は「等身大の自衛隊を追認する加憲なら、公明党はもちろん、民進党だって本来は賛成できるはずだ。それに、自衛隊の活動範囲がいま以上には広がらないよう縛りをかけることにもなる」と話す。
だが、本当に現状追認だけですむのだろうか。
法学者らでつくる「立憲デモクラシーの会」は22日、自衛隊を明記すれば首相がどこまで自衛隊活動を拡大するか「予測は困難」と批判する見解を発表。メンバーの青井未帆・学習院大教授は、首相の言う通りになれば「9条1項、2項が法であるにふさわしい規律の力を持たなくなる」と述べ、2項が空文化するおそれを指摘する。
首相は自衛隊憲法に明記する理由に「多くの憲法学者自衛隊違憲としている」ことを挙げる。「自衛隊違憲論」をとる水島朝穂・早稲田大教授は、首相提案をこう批判する。
自衛隊は『自衛のための必要最小限度の実力』という政府解釈によって、憲法には違反しないと一般には定着してきた。ところが安倍首相は14年7月の閣議決定で、それまでは『必要最小限度を超えるから違憲』と説明してきた集団的自衛権の行使を合憲化した。それによって自衛隊の合憲性は不安定となってしまったが、次は明文改憲自衛隊を合憲化しようというのはブレーキとアクセルを同時に踏むような矛盾がある」
もっとも、政府や国会の「改憲勢力」は、14年の閣議決定やそれに基づく安保法制は違憲だとは考えていない。青井氏や水島氏が指摘する問題点を受け止めようという空気はない。
すでに与党内では「前項の規定にかかわらず、自衛のための自衛隊を置くことができる」といった案が出ている。一体、どういう書きぶりになるのか。
憲法改正論の歴史に詳しい渡辺治・一橋大名誉教授は、「自分が自民党の立場ならこう書く」と話す。「日本の平和と独立を維持するため、自衛隊を保持する。自衛隊は、国際社会の平和と安全を維持するための活動に参加する」
渡辺氏は、こう書けば2項の戦力不保持を残しても、2項による自衛隊の活動に対する制約を空文化できるという。
「『平和と独立を維持するため』という文言を使えば、安保法制でも限定的だった集団的自衛権の拡大ができる。『国際社会の平和と安全を維持するための活動』で、多国籍軍参加も可能となる。結果的に、自衛隊の海外での武力行使に道を開く自民党草案と同じ危険をもつことになりかねない」
実際、自民党草案作りにかかわった議員はこう話す。
自衛隊憲法に書けば、自衛権があることがはっきりする。そこに集団的自衛権が含まれるのは、当然だ」(編集委員・国分高史)

■権力縛る憲法、本当に改正必要か 最低限のルール提唱、高見勝利・上智大名誉教授(憲法
憲法は法律と違う。国会議員の3分の2が賛成すればどんな改正案でも発議していいということにはならず、一定のルールがあると高見勝利・上智大名誉教授(憲法)は言う。どういうことなのか、聞いた。》
憲法は国家権力を制限し人々の自由を守ることを核とし、長期的な国の基本的枠組みを示す法です。この憲法特有の性格を考えると、「最後は国民投票で決めるのだから」といって、国会の3分の2で合意すればどんな内容の改正案でも発議できるということにはなりません。最低限のルールが必要になります。カナダの比較憲法学者エドワード・マッキーニーや、ドイツの元連邦憲法裁判所裁判官ディーター・グリムの「憲法改正ガイドライン」に示唆を受け、私の案を表にまとめました。
安倍晋三首相は9条1項と2項を残し、自衛隊の存在を明記するというメッセージを出した。高見氏のルールをあてはめると、首相案はどういう評価になるのか。》
「条文を変える場合は、解釈では解決できない問題に限る」というルール4に照らすと、自衛隊は60年以上にわたり、9条2項が禁じた「陸海空軍その他の戦力」にはあたらないとする政府解釈が確立しているので、「改正は不要」という結論が導かれます。一方、新たに条文を書き加えることが、1項、2項との間で重大な疑問を生じさせることになれば、「権力の拡大につながる改正には、より厳格な理由が必要」というルール2に抵触します。
2014年7月の閣議決定で、自衛隊の活動範囲は、憲法違反の「集団的自衛権の行使」をできるものへ広がりました。「黒を白と言いくるめる」論理に支えられた自衛隊を条文に書き込めば、9条2項は死文化し、軍事力の制限は利かなくなります。権力の際限のない拡大になり、平和主義を覆すことでルール5の「憲法の基本原理」も損なわれてしまいます。
《安倍首相は高等教育の無償化を目的とする憲法改正も提案する。これはどう考えたらいいのか。》
「目的達成のために、憲法改正しか手段がない場合に限る」というルール3から答えは明白です。高等教育の無償化という政策の当否はさておき、憲法を改正しなくても財政措置が整えば実現できるのは、だれの目にも明らかです。
憲法改正を主張する政治家はしばしば「主権者である国民に、憲法を変えるかどうかを決める国民投票の機会を与えるべきで、改憲案の提示を拒む政治家は主権者をないがしろにしている」などと主張する。そうなのだろうか。》
そんなことはまったくありません。繰り返しますが、憲法は権力を縛るもの。権力者が縛りを緩めてほしいと考えるのは自然の情です。だからこそ主権者である私たちは、発議の理由がしっかりしているのか、改正の必要性が本当にあるのか、ルールを参考に、うたぐり深く、慎重に見極めなければなりません。(編集委員・豊秀一)