「共謀罪の源流」(下) 理由にテロ対策「政治家動かすため」 - 東京新聞(2017年3月27日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201703/CK2017032702000124.html
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「国際組織犯罪と闘うための四十の勧告」。日本政府が「共謀罪」創設の根拠とする国際組織犯罪防止条約TOC条約)の源流の一つとなったものだ。主要八カ国(G8)から国際組織犯罪を担当する省庁の幹部を集めた会合が、一九九六年のリヨン・サミット(フランス)に提出した。以来、この会合は「リヨン・グループ」と呼ばれる。
「どの国も、マフィアのような犯罪組織が国の根幹を腐らせようとしているという危機感があった」。警察庁国際二課長として「四十の勧告」づくりに携わった小野次郎参院議員はこう振り返る。
「四十の勧告」には、銃器や入国管理の情報交換、犯罪組織による不法収益や汚職の対策の強化、司法共助や犯罪人引き渡しなど国際捜査協力を進めるための方策が並び、新規の国際条約作成の可能性を検討することがうたわれていた。しかし「共謀罪」は盛り込まれていない。「テロ」も一切触れられていなかった。
条約づくりの動きはG8の場だけではなかった。ポーランドがその年、独自の条約案を国連総会に提出すると、米国が対案を作成。国連やリヨン・グループで条約をつくろうという動きが加速していく。九八年十二月に欧州連合(EU)が「犯罪組織への参加の犯罪化に関する共同行動」を採択。犯罪組織への参加を犯罪とするよう義務付ける流れができてきた。これが後に、TOC条約で共謀罪などが義務化されることにもつながっていく。
国連の正式な起草作業が始まったのは九九年一月。「条約起草に至る過程で、テロ対策は前面に出ていなかった」。国際組織犯罪対策に長く関わった小野氏は明かす。「本来の目的の組織犯罪対策ではインパクトが弱いので、実務者らが政治家を動かすために八〇、九〇年代は『薬物対策』、二〇〇一年の米中枢同時テロ以降は『テロ対策』というインパクトの強い理由を使ってきた。それは日本に限ったことではなく、世界的な流れだった」 

◆「警察なら予備罪で締結する」 
世界的な組織犯罪対策の動きの背景に何があったのか。警察庁関係者らは冷戦後の国境を越える人・モノ・カネの流れやIT化の進展を挙げる。一九八〇〜九〇年代、中南米の麻薬組織やマネーロンダリング資金洗浄)への対処が世界的な課題になっていた。
バブル経済前後の日本は、来日外国人犯罪の急増や中国の密航請負組織『蛇頭(じゃとう)』の活動への対応を迫られていた」。元警察庁幹部の一人はこう振り返る。
国際組織犯罪防止条約起草特別委員会は九九年一月に始まった。日本からは外務省、法務省警察庁の官僚らが参加、共謀罪を巡る議論は法務省が中心になった。第一回会合で、英国は、犯罪の合意を処罰する共謀罪か、犯罪組織への参加を処罰する参加罪の義務化を提案する。
議論が英国案に傾く中、日本は同年三月、第二回会合で対案を示す。第三の選択肢として、単に組織的犯罪集団に参加するだけでなく、特定の行為を伴っていなければ処罰できないよう限定する案を提案。日本が条約を締結できるよう、要件を厳しくした参加罪を求めるものだった。
「この提案が受け入れられれば、既存の予備罪や準備罪の形で犯罪化できる可能性がある。何とか妥協できる点はないかと考え、苦しい中でやった」。元法務省幹部は打ち明ける。予備罪、準備罪は犯行に着手する未遂よりも前の準備段階を処罰する犯罪。殺人目的の銃刀類の購入やハイジャック目的の航空券予約などが処罰できるものだ。
この問題が次に議論されたのは二〇〇〇年一月の第七回会合。政府は突然、第三の選択肢を撤回する。米国やカナダとの直前の非公式会合の結果だった。その後、共謀罪にかじを切った。「非公式会合で何があったのか。日本がなぜ提案を撤回したのか。情報公開で開示された非公式会合の記録が黒塗りになっているのでまったく分からない」。日弁連共謀罪法案対策本部副本部長の海渡雄一弁護士は首をかしげる
法務省や外務省は「日本の提案は理解を得られなかった。共謀罪か参加罪のどちらかを選択しなければ条約を締結できない」と説明するが、予備罪や準備罪の範囲を広げれば締結できるという考え方は今もある。
リヨン・グループの「四十の勧告」作成に携わった元警察官僚の小野次郎氏は「僕らは『とにかく条約を締結して国際捜査協力の輪に入ることが重要なのだから固いことを言っていないで入るべきだ』と思っていた」と振り返る。当時の状況に詳しい別の警察官僚は「法務省はいまだに『予備罪、準備罪があるから締結する』と言わないが、警察ならそう言っていただろう」と話す。 (この連載は北川成史、望月衣塑子、福田真悟、西田義洋が担当しました)