木村草太の憲法の新手(48)天皇退位の議論 一代限りの特別法は危険 - 沖縄タイムス(2017年1月22日)

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/80814
http://megalodon.jp/2017-0125-1347-40/www.okinawatimes.co.jp/articles/-/80814

天皇退位について、1月23日に有識者会議が論点整理を提出予定だ。一代限りの特別法による退位を推奨する見込みだという。しかし、これには幾つも問題がある。
第一に、憲法2条は、皇位の継承は「皇室典範」により定めるとしている。「この事項は『法律』で定める」とした憲法条項は他にあるのに、なぜ2条は法律名をわざわざ指定したのか。「皇位安定のため、皇位継承については、皇室典範で一般的な基準と手続を定めるべき」と、要請したからではないのか。もしそうだとすれば、一代限りの特別法には、違憲の疑いが生じてしまう。違憲の疑いは、新天皇の即位にも及ぶ。皇位継承の重大さを考えれば、違憲の疑いは避けるべきだろう。
第二に、一代限りの特別法は、「〇〇陛下は〇年〇月〇日(あるいは政令で定める日など)を以て退位する」という条文になろうが、これでは、なぜ退位をしたのか、退位の基準が不明だ。こうした前例ができれば、将来の恣意(しい)的な皇位継承につながる。有識者会議は、皇室典範改正は将来の恣意(しい)的な退位の危険を発生させると報告する見込みだが、その危険は、むしろ一代限りの特別法の方がはるかに大きいだろう。
このため、一般論として一代限りの特別法を合憲とする憲法学説の多くも、それが許されるのは、退位する天皇に、他の天皇には当てはまらない固有の事情が明白に存在する場合に限定すべきだとする。今回の退位の理由を探すなら、「高齢により、陛下御自身が執務の困難を感じたから」といったものになろう。これは、現在の陛下固有の理由とは到底言えない。
第三に、皇室典範改正は時間がかかりすぎるとの指摘には、何ら説得力がない。なぜなら、一代限りの特別法も皇室典範も、法律の一種であることに変わりなく、制定・改正の手続きは同じだからだ。
一般的な退位要件を検討するには、それなりに時間がかかるのは確かだ。しかし、天皇陛下のお言葉は「平成30年」を一つの区切りとしている。平成29年に一年かけて議論し、平成30年の通常国会で制定というスケジュールでも問題ない。現在の皇室典範は、昭和21年11月3日の日本国憲法公布を受け、昭和22年1月16日に成立した。この2か月半の間に、退位も含め皇室典範全体の議論をしたのだ。今指摘したスケジュールは、これに比べればはるかに余裕がある。
第四に、有識者会議は、全天皇に当てはまる退位要件の条文化は困難だという。しかし、検討すべきは、「今後の全退位に当てはまる条件を網羅できるか」ではなく、「今回の退位理由が他の天皇にも当てはまり得るか」のはずだ。有識者会議は、論点設定を根本的に誤っている。
有識者会議は、退位自体には反対しないのだから、今上陛下の退位に正当な理由があると考えているはずだ。ならば、その理由を条文化しさえすれば、皇室典範の改正を提言できるはずだろう。退位を是としつつ、条文化は困難だと主張するのは、理論的に矛盾した主張だ。
このような支離滅裂な議論で、貴重な時間を浪費した有識者たちの責任は大きい。一刻も早く、一般法制定の議論を開始すべきだろう。(首都大学東京教授、憲法学者

関連サイト)
天皇退位「一代限り」に力点 有識者会議が論点整理 恒久制度化も併記 国会論議に配慮、結論明示避ける - 日本経済新聞(2017年1月23日)

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO12008850T20C17A1I00000/
http://megalodon.jp/2017-0125-1352-24/www.nikkei.com/article/DGXMZO12008850T20C17A1I00000/

天皇陛下の退位をめぐる政府の有識者会議(座長・今井敬経団連名誉会長)は23日、首相官邸で開いた9回目の会合で、議論の中間報告となる論点整理をまとめ、公表した。具体的な法整備のあり方には踏み込まなかったものの、退位を容認する積極的な意見を列挙。今後すべての天皇を対象とする恒久制度化には課題を多く並べ、「一代限り」に力点を置いた。
安倍晋三首相は会合に出席し「各党・各会派の検討の際、論点整理を参考としていただくよう衆参両院の議長、副議長にお願いしたい」と表明した。これに先立つ23日の衆院本会議で「決して政争の具にしてはならず、政治家が良識を発揮しなければならない」とも述べた。有識者会議は今後、国会での議論を踏まえ最終的な報告書を作成し、首相に提言する。政府は退位を実現する関連法案を4月末の大型連休前後に国会提出し、今国会での成立をめざす。
論点整理は陛下の負担軽減策として、現行制度活用と制度改正ごとに案を示し、有識者や意見聴取した専門家による「積極的に進めるべきとの意見」と、その課題をそれぞれ併記した。
制度改正のうち、退位に関しては「陛下のご心労に鑑みれば他に方法がない」など容認する意見を列挙した上で、恒久化と一代限りの検討結果を紹介。恒久化の積極論は10件、その課題を23件記し、一代限りは積極論を4件、その課題を3件列挙した。
恒久化で示された「天皇の意思を要件として退位を制度化すべきだ」との意見には(1)憲法が禁止する政治関与の権能を与えることになる(2)時の政権の圧力で不本意ながら意思表示する場合も否定できない――などの問題点を指摘した。年齢を要件とする場合でも「高齢」の線引きは困難であり、将来にわたる適用には無理があるとした。
一方、一代限りの場合の利点は、国民の意識や社会情勢の変化も踏まえ、国会などでその都度、判断できるため「国民の意思を最も的確に反映したものになる」と強調した。ただ高齢化社会の到来で今後も高齢の天皇の課題が生じるとの指摘も明記した。
退位を実現する法整備は、皇室典範改正による恒久化と、一代限りの特例法に大別される。国会で円滑に意見集約するため、望ましい形式に関する記述は見送り「法形式論は議論の本質ではない」と盛り込んだ。
退位でなく摂政の設置を求める意見もあるが、論点整理は「国民は天皇と摂政のどちらが象徴で、権威があるのか分かりにくくなり、象徴や権威の二重性の問題が生じる」との課題を挙げ、否定的な見解をにじませた。
国会での議論と並行し、政府の有識者会議は高齢の定義などを念頭に「長寿社会に的確に対応するための医学的見地からの検討が必要」と指摘。退位した天皇の立場や称号、活動内容なども検討課題に挙げた。