トランプ氏と世界 自由社会の秩序を守れ - 朝日新聞(2017年1月21日)

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「自由な選挙、言論や信教の自由、政治的抑圧からの自由」
戦争の惨禍の記憶も鮮明な1947年3月、トルーマン米大統領は議会演説で、米国が守るべき価値観を挙げ、宣言した。
「自由な人々の抵抗を支援する。それこそ米国の政策だ」
共産主義封じ込め」をうたったトルーマン・ドクトリンである。
東西対立という時代状況にあったとはいえ、いらい米国は自由や民主主義の「守護者」としての求心力を強めていく。同盟関係が結ばれ、米国を軸とした国際秩序が築かれた。
それから70年。新大統領のドナルド・トランプ氏は「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げている。
「偉大な米国の復活」は、国際秩序と一線を画す孤立主義への回帰なのか。大国としての責任を担い続ける覚悟はあるのか。しっかりと見極めたい。

■あやうい取引の政治
実業家としての経験からトランプ氏は取引(ディール)の巧者を自負する。
かけひきを駆使し、手の内を明かさず、相手を出し抜く。
だが外交交渉は、商取引とは別物だ。自国の最大利益が目標だとしても、相手国への配慮や、国際社会の一員として守るべき原則を尊重する姿勢が欠かせない。
懸念すべきは、トランプ氏が普遍的な理念や原則まで、交渉を有利に進める「取引材料」と扱いかねないことだ。
トランプ氏は最近、ロシアとの関係をめぐり、核兵器の削減と対ロ制裁解除を結びつける可能性を示唆した。核軍縮という大きな目標も場当たり的な取引材料とされないか、心配だ。
さらにトランプ氏は、英国に続く欧州連合(EU)加盟国のEU離脱に期待を示した。北大西洋条約機構NATO)を「時代遅れ」と切り捨てた。
確かに利害の調整が煩雑な多国間組織より、ロシアのプーチン大統領のような強権的なリーダーを相手にする方が、取引は効率的に進められるだろう。
だが、共通の利益で長年結ばれてきたパートナーを軽んじる姿勢は、米国が築き上げてきた国際秩序への自傷行為にほかならない。長い目で見れば、米国の利益を損なうことをトランプ氏は悟らねばならない。

■分断の言葉と決別を
トランプ氏は就任時点で「米史上、最も嫌われる大統領」のひとりになりそうだ。全米で抗議の声が渦巻く中での異例の就任式となった。
無理もない。トランプ氏はこれまで敵意や不安をあおる言葉の数々で社会を分断し、米国への信頼を傷つけてきた。
深刻なのは、批判に真摯(しんし)に耳を傾けず、異論を排除する姿勢が、多様な意見の共存で成り立ってきた民主主義の土台を崩しかねないことだ。
トランプ氏は、米国の外に工場を移す企業を攻撃した。一部が移転を見直したことを「雇用を増やした」と自賛した。
だが経済学者のポール・クルーグマン氏は、トランプ氏が守ったと主張する雇用をはるかに上回る規模の失業が、米国では毎日起きていると指摘する。
多くの雇用が日々入れ替わる経済の全体像からみれば、トランプ氏が誇る「成果」はほんの微々たるものだ。
「強い指導者」を演出する派手な言葉は、格差拡大や賃金の停滞、地域社会の劣化など、むしろ向き合うべき本質を覆い隠すリスクもはらむ。

■民主主義を立て直す
一方、国際合意や歴史的経緯への認識を欠く言葉は、すでに世界に混乱を広げている。
「一つの中国」を疑問視するトランプ氏の発言に対する中国の反発の矛先は、米国より先に台湾に向かう恐れがある。
疑心暗鬼は予期せぬ過剰反応を誘発する。相手を混乱させる発信も取引を有利に進める手段と考えているのであれば、ただちに改めるべきだ。
いま一度、思い起こしたい。
金融業界との癒着やロビイストの影響力にまみれたエリート政治の打破こそ、有権者がトランプ氏にかけた期待ではなかったか。政界アウトサイダーとしての改革をめざすのならば、政治扇動の発信よりも、分け隔てない国民各層との対話で分断の克服に努めるべきだろう。
民主主義を守る責任は、新大統領を迎える米国の政治と社会が担うべき課題でもある。
議会と司法は監視役を十分に果たしてほしい。偏見や対立をあおる虚言を排し、多様で寛容な言論空間を再生するのはメディアや市民社会の役目だ。
トランプ氏の米国が孤立主義の殻に閉じこもらないよう、同盟国や友好国は今こそ関与を強める必要がある。民主主義と自由の価値観の担い手として、日本が果たせる役割も大きい。
自由社会の秩序をどう守り育てていくか。米国に任せきりにせず、国際社会が能動的にかかわる覚悟が問われている。


トランプ大統領就任 就任演説・邦訳全文 「米国は再び勝利し始める」 - SankeiBiz(サンケイビズ)
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/170121/mcb1701211325035-n1.htm