若者はいま 未来に希望持つために - 毎日新聞(2017年1月9日)

http://mainichi.jp/articles/20170109/ddm/005/070/002000c
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1人の大学生がアルバイトでこんな経験をした。
仕事先は外食チェーンの調理場。調理法を覚える間もなく1人で店を任されてしまった。マニュアルを見ても分からない。
困り果ててネットで検索すると、質問に誰かが答えてくれる「Yahoo!知恵袋」に同じ質問が投稿されていた。自分のような立場の人がほかにもいたのだと知った。
学生アルバイトの実態を告発する本「ブラックバイト」に紹介されている話だ。この外食チェーンでは夏休みに連続で何日も深夜勤務をさせられる。長時間労働のせいで心を病む学生もいた。

奨学金制度の拡充を
しかし生活費が足りず、ブラックバイトと分かっていても続けざるを得ない学生は多い。そんな企業では職場を統括する若い社員も忙しく、帰宅もままならない。店の駐車場にとめた車で寝ることさえある。
アルバイトで過酷な労働を強いられ、就職しても酷使される。こうした企業は人手不足でも若者を人として扱わず人件費を徹底して削る。
経済苦の学生をどう支えるのか。その方法の一つである奨学金制度は明らかに貧弱だ。家庭の収入が減る一方、大学の授業料が高くなる中で、奨学金に頼る学生は多い。今や大学に通う2人に1人が利用しているといわれる。
卒業してもアルバイト生活が続いたり、非正規労働者だったりして収入が少なければ、奨学金の返済に行き詰まる。
国費で賄われている日本学生支援機構奨学金を3カ月以上滞納した人は2014年度、約17万3000人に上った。
奨学金の返済が難しくなれば、最後は自己破産し、一から出直す方法がある。だが、多重債務問題に取り組んできた弁護士は「自己破産できればまだいい」と言う。若者からは「自分の代わりに親へ請求が来るのなら自己破産したくない」という相談が寄せられる。
低所得世帯の大学生に返済不要の「給付型奨学金」が18年度から提供されることになった。1学年あたり2万人規模で月2万〜4万円を給付する。一歩前進ではあるが、まだまだ不十分だ。
進学や就職をする際に、とくにハンディを負うのは児童養護施設の人たちだ。養護施設は全国に約600あり、18歳までの約3万人が暮らしている。
全国児童養護施設協議会によると、施設から大学や専門学校に進学する人は2割程度にとどまり、8割近い全国平均を大きく下回る。進学したくても諦めるケースは多い。
進学した場合でも、中退の割合は高いといわれる。学費や生活費の負担が重く、アルバイトと学業との両立が困難だからだ。
施設を出てアパートを探す時には親や親戚などの保証人が必要なため仕事の内容より、寮などがあることを優先して就職先を選ぶ。その結果、仕事が合わずに辞めてしまうことも多いという。
東京の社会福祉法人が運営する「アフターケア相談所ゆずりは」は施設の退所者を含めて年間約300人の相談を受けている。
担当職員は「生活が苦しくなり、住む場所もなくなってホームレスになったり、自殺したりする人もいる」と明かす。

避けたい格差の固定化
格差が拡大し、固定化されていく中で若者は将来の暮らしを描けず、社会そのものも不安定化していく。先の米大統領選を思い起こす。
米国もグローバル経済から置き去りにされた中間層の収入が減り、共働きでも子供を大学に通わせにくくなっている。子供たちは大学に行っても収入の多い仕事を見つけるのは難しい。多額の学費ローンを返済できない人も増えている。
かつての白人中間層の多くは変化を求め、過激な主張を繰り返すトランプ氏に投票したといわれる。
民主党の予備選では、公立大学の学費無償化を訴えたサンダース氏を若者が熱狂的に支持した。アメリカンドリームが色あせ、民意の分断も顕在化した。
欧州では高い失業率が続き、イタリア、フランスでは10%前後にもなる。とくに若者の失業率が平均の2倍を超える国も少なくない。
欧州で極右やポピュリズム大衆迎合主義)勢力の主張が受け入れやすくなったのは、中間層以下の閉塞(へいそく)感や若者の高い失業率に起因する政治不信があるからといわれる。
日本では失業率が3%台と低いが、パートや非正規雇用が増えているのが大きな理由で、雇用が安定しているわけではない。
そんな中、学生の間ではブラックバイトを告発し、待遇を改善させる活動が広がる。企業に就職しないで起業する人も増えている。社会を変えようと、NPOの活動に生きがいを見つける若者もいる。
彼らが諦め、挑戦できない社会に未来はない。
きょうは成人の日。大人になることに希望を持てる国にするにはどうしたらいいのか。それは政治だけの問題ではない。