http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201612/CK2016120502000125.html
http://megalodon.jp/2016-1205-0915-54/www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201612/CK2016120502000125.html
不登校やいじめ、貧困…。さまざまな背景を抱えた子どもが通う定時制高校は、「やり直しの場」とも言われる。「子どもの居場所」や「大人との信頼関係」が問われる今、その答えを探すきっかけになればと、ある定時制高校の陸上部を訪れた。互いに信じ合い、再スタートを切ろうとする若者と、寄り添う教師たち。「新たな一歩」を踏み出す姿を追った。
◇
夜の冷気が肌を包む。十一月中旬、午後九時近く。定時制高校の校舎に終業を告げるチャイムが響いた。
「いきまーす」。寒さを吹き飛ばすように、三年の女子(18)がグラウンドで声をあげた。体をひねって、勢いよく円盤を宙に投げる。「いいぞ、その調子」。顧問の男性教諭(61)の声に、彼女はほっとした表情を浮かべた。
「不登校だったんです」。彼女が中学時代を振り返る。陸上部に入ったが部活にも出たり出なかったりで、先輩たちとの上下関係につまずき、気付けば周りの部員とも気まずくなっていた。「『あれ? 入る場所がない』ってなって。疲れて、精神面で崩れた」
勉強が追いつかなかったこともあり、全日制高校の入試に落ち、定時制を選んだ。顧問に誘われて陸上部に入った。
「勝つことがすべてじゃない。過程を大切にスポーツを楽しんでほしい」。そんな顧問の方針が合っていたのかもしれない。練習は授業が終わった午後九時から一時間、グラウンドで。個人種目が多くても、皆で走ったり、練習を見てお互いにアドバイスする。
主将の男子(19)は、いつも笑顔で皆に分け隔てなく接してくれた。いつの間にか自分も「先輩、ファイト!」と声を出し、人を気遣うことができるようになった。ありのままでいられる居場所を見つけた気がした。
県大会を勝ち抜き、彼女は定時制・通信制高校が競う今夏の全国大会への切符をつかんだ。だが、走り幅跳びで高校生活最後の大会に挑んだ主将は、その切符をつかめなかった。彼女は、全国大会を目指す主将の思いを知っていた。彼は昨年の同大会で、緊張からファウルを繰り返し、思うような結果を残せていなかった。
「先輩は悔しかったはず。その分も頑張りたい」。上下関係になじめなかった中学の陸上部では、そんなふうに思ったことはなかった。全国大会に向けて練習に励んだ。連日のように投げ、愛用の赤い円盤にはたくさんの傷がついた。
迎えた八月の全国大会。目指すは自己ベスト。青空を舞った円盤は、これまでより遠くまで飛んだ。「やったー」。観客席の仲間にガッツポーズをした。後で結果を知った主将も、自分の思いを背負って投げてくれた彼女の頑張りを喜んだ。
この秋、彼女は新しい主将に選ばれた。「ちょっと(荷が)重いっす。やっぱ先輩がいなきゃ駄目ですよ」とこぼすと、彼から「君なら大丈夫」と笑顔で返された。
「ここは自分が出せるし、人と深く付き合える。入って良かった」。円盤を投げる右手だけ筋肉が付くのが女子高生としては悩み。でも今は、それが少し誇らしい。
「来年は全国でもっと上位に入りたい」。束ねた髪を揺らして投げた円盤が、夜空に弧を描いた。 (敬称略)(横井武昭)<定時制高校> 文部科学省のホームページの「学校基本調査」によると、定時制は2012年時点で全国で681校、生徒数約11万人。近年は小中学校で不登校だった子どものほか、外国人の生徒、高校の中途退学者、学習機会に恵まれなかった高齢者など、さまざまな人が通う。ただ、募集人員に対し生徒の在籍数の割合が減っていることなどから、東京都教育委員会が2月に夜間定時制4校の廃止計画をまとめるなど、統廃合も進む。