(余録)あらゆる種類の山師は… - 毎日新聞(2016年11月11日)

http://mainichi.jp/articles/20161111/ddm/001/070/141000c
http://megalodon.jp/2016-1112-1526-49/mainichi.jp/articles/20161111/ddm/001/070/141000c

「あらゆる種類の山師は民衆の気に入る秘訣(ひけつ)を申し分なく心得ているものだが、民衆の真の友はたいていの場合それに失敗する。……民主政治に欠けているのは優れた人物を選ぶ能力だけではない。ときにはその意志も好みもないことがある」
今聞くと反トランプ陣営によるトランプ氏の支持者への批判のようだが、これは19世紀前半に米国を訪れた仏思想家トクビルの名著「アメリカのデモクラシー」の一節である。トクビルはここで米国の民主政治を観察し、「多数者の専制」を警告したことで知られる。
民主主義が常に多数派による少数者の自由侵害の危険をはらむことに注目したトクビルだった。そして今、移民やイスラム教徒、女性ら少数派や弱者への暴言を重ね、多数派の白人中間層の支持を得た次期大統領の出現だ。
トランプ氏の大統領選勝利に全米各地では過去の少数派や女性への差別的発言に抗議するデモや集会が広がり、一部は暴徒化した。勝利演説では「全国民の大統領になる」と述べたトランプ氏だが、仮に暴言が選挙戦術だとしてももたらされた社会の分断の傷は深い。
今や民主主義は世界の大半の国が採用する政治原理となっている。そのどの国民もあらためてトクビルの警告を思い出さねばなるまい。経済グローバリズムや人の移動への草の根多数派の反発が、少数者や弱者への憎悪や排外感情となって噴き出しているからである。
欧州の極右政党も注目するトランプ氏勝利だが、トクビルがいうように米国民主主義には多数者の専制を阻む政治文化もあった。トランプ氏にもその正統な継承者としての矜(きょう)持(じ)があってほしい。