(余録)古代アテネのアリステイデスは… - 毎日新聞(2016年6月8日)

http://mainichi.jp/articles/20160608/ddm/001/070/183000c
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古代アテネのアリステイデスは高徳で知られた政治家・軍人だ。ある時、街で行きずりの男に陶器の破片を渡された。男は「字が書けないので、これにアリステイデスと書いてくれ」という。
追放したい政治家の名前を陶片に書いて投票する「陶片追放」である。驚いたアリステイデスは「この人は何かあなたに悪いことをしたのか」と尋ねると男が言った。「いや、会ったこともないが、どこへ行っても『正義の人』と聞くんで、腹が立ってならないんだ」
アリステイデスは黙って自分の名前を書いて男に渡したと「プルタルコス英雄伝」にある。独裁者の出現を阻むという陶片追放だが、弊害がはなはだしくなったのは当然だろう。だがそんな究極の「拒否投票」が頭をよぎる不人気候補対決となった米大統領選である。
初の女性大統領をめざすヒラリー・クリントン氏の民主党候補指名が確実になり、共和党ドナルド・トランプ氏との対決の構図が固まった。だがこの2人、世論調査ではともに大統領として好ましくないという反応が5割を大きく超える。拒否反応の方が強いのだ。
排外的暴言が売り物のトランプ氏への強い反発は分かりやすい。一方、クリントン氏もガラスの天井(女性の進出を阻む障壁)突破への期待にもまして、「旧来型政治家」「高慢」といった反感を募らせている。おかげで両者以外の第3の候補者を望む声も広がった。
現に前回大統領選で1%の得票率だった自由至上主義政党の候補が10%の支持を集めた世論調査もある。大統領の有力候補への「陶片」ばかりが積み重なっていく光景が示す米国社会の深い亀裂である。