(私説・論説室から)その人らしさ、だれにも - 東京新聞(2015年12月21日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2015122102000129.html
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子どもの時、不思議だった。母のことを私の知らない名前で呼ぶ人がいて、「どうして?」と聞くと、結婚前の名字だという。母には昔、「別の名前」があり、「女は結婚をすると名前が変わるものなんだ」と思った。その感覚のまま大人になったが、就職した一九九〇年代、時代は動いていた。
国の法制審議会が女性に差別的な民法の見直しを行い、夫婦がそれぞれの氏を名乗る別姓も選べる制度を法改正のメニューに盛り込んだ。当時結婚した先輩や友人には「そのうちに変わる」と婚姻届を出さず、生来の名前を使い続ける「事実婚」を選ぶ人がいた。「結婚によって姓を変えるばかりじゃない」と知り、名前はその人らしさを表す宝物だと私も経験を重ねて思うようになった。
だが、国会の法改正は進まず、「そのうちに」は訪れない。夫婦同姓の規定が憲法違反だと司法に救済を求めた裁判で、最高裁は規定を「合憲」とし、「制度のあり方は国会で論じるべきだ」と法改正の判断を委ねた。
若い世代は結婚後も共働きを続ける人が多い。選択的別姓を支持する割合も高い。最高裁は「通称使用が広まることで不利益は緩和される」とも示したが、それは違う。通称は職場などの裁量で認められるもの。それに、生来の姓を使い続けるのに職業があるとかないとか、関係ない。名乗ることが「特権」ではやっぱりおかしい。 (佐藤直子