(筆洗)アフリカの森の中で歌声が聞こえてきた- 東京新聞(2015年10月25日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2015102502000131.html
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アフリカの森の中で歌声が聞こえてきた。メロディーのしっかりしたハミング。英国民謡のように聞こえる。観光客が道に迷ったか。辺りを探したが、誰もいない。不思議に思うと、一頭の若いオスゴリラがいた。
ゴリラ研究の第一人者、山極寿一(やまぎわじゅいち)さんが雑誌の対談で語っていた。ゴリラは歌う。少なくともハミングする。群れから離れたゴリラは誰にも相手にされない。その寂しさを紛らわせ、自分を勇気づけるために歌を口ずさむそうだ。人間と変わりはない。
「惜別の歌」もそういう歌かもしれぬ。作曲者の藤江英輔さんが亡くなった。九十歳。<悲しむなかれ わが友よ 旅の衣をととのえよ>。元の歌詞は島崎藤村の「高楼(たかどの)」。中央大学予科生だった一九四四(昭和十九)年、同じ工場で働いていた戦地に赴く友らのために作曲したそうだ。
藤江さんが口ずさんでいると教えてほしいとせがまれ、工場内に伝わった。戦後になってこの工場で働いていた学生たちが全国各地で教え、広まった。これがレコード会社の目に留まり、六一年に小林旭さんが歌ってヒットした。
癒えることのない戦争の痛み、友との悲しい別れの記憶。歌声喫茶の人気曲だったが、悲しみをともに歌い、共有することで戦争という大きな傷を慰め合ったのだろう。
戦中戦後という森を歩いた日本人が口ずさんだ一曲。その作曲者との惜別である。