刑事司法改革 冤罪の懸念なお拭えず - 毎日新聞(2015年8月9日)

http://mainichi.jp/opinion/news/20150809k0000m070138000c.html
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取り調べの録音録画(可視化)や、司法取引の導入、通信傍受の対象犯罪拡大を柱とした刑事司法改革関連法案が衆院で可決された。今国会での成立が見込まれている。
容疑者が他人の犯罪を話せば起訴を見送ったり、求刑を軽くしたりする司法取引については、うその供述によって冤罪(えんざい)が生まれる懸念が指摘される。参院でさらに議論を尽くし、万全の措置を講じるべきだ。
司法取引は、振り込め詐欺などの組織犯罪や、汚職などの経済犯罪が対象だ。捜査の大きな武器になり得るが、容疑者がうその供述をすれば無実の第三者を巻き込む。冤罪の危険と背中合わせの制度でもある。
実際に司法取引が多用される米国では近年、情報提供者の誤った証言による多くの冤罪が公になっている。慎重な制度設計が欠かせない。
法案は、虚偽供述を罰する規定を新設し、司法取引で得た供述であることを公判で明らかにすることを盛り込んだ。罰則でうその供述を防ぎ、公判での証拠調べで供述の信頼性が慎重に判断されるはずだと法務省は説明する。
だが、罰則によりうそを撤回しにくくなる面があり、公判で供述の真偽を見抜くのも難しい。冤罪を生む懸念は拭えない。
司法取引に反対だった民主、維新両党と与党の修正協議で、容疑者と無関係な事件は事実上、取引の対象外とした。
拘置所の同房者から「犯行を告白された」といった証言は取引にならない。根拠の薄い供述を排除する修正は妥当だろう。
司法取引の協議に、捜査協力する容疑者の弁護人が常に同席することや、捜査当局が取引協議の経過を記録・保管する運用も決めた。
だが、捜査に協力する容疑者側の弁護人に、冤罪のチェックを期待できるのか疑問だ。協議記録も運用でなく、録音録画して正式に残すことを明確にすべきだ。
供述された容疑者の弁護人が後に防御できるよう証拠の開示を捜査側に課すルールも検討すべきだろう。
現行より大幅に対象犯罪を拡大する通信傍受についても、現行で義務づける第三者の立ち会いを不要としたため、審議では捜査側の恣意(しい)的な傍受への懸念の声が強く出された。
修正で、該当事件と関係ない警察官が立ち会う運用をすることが決まった。だが、警察内部のチェックで適正さが確保できるか疑問が残る。
一方、可視化義務づけは、裁判員裁判対象事件と検察の独自捜査事件に限定した。冤罪を生んだ密室での取り調べ見直しが改革の出発点だった。捜査の武器の拡充ばかりが目立ってはその原点がかすんでしまう。