風知草:損得より善悪=山田孝男 - 毎日新聞(2015年08月03日)

http://mainichi.jp/shimen/news/20150803ddm002070063000c.html

九州電力川内(せんだい)原発(鹿児島県)の再稼働は来週10日の見込みである。
それはほぼ既成事実化している。政府は、なお根強い火山対策・避難計画不信の払拭(ふっしょく)に努めているが、より根源的な疑問に向き合うことはない。
制御に不安が残る技術に依存し、絶えざる繁栄と利便を求めてやまぬ生き方自体、誤りではないか−−という疑問である。

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経済学は「経済成長のための経済成長」の方策と予測ではなく、経済活動の善悪について語るべきだとチェコの経済学者が言っている(トーマス・セドラチェク「善と悪の経済学」東洋経済新報社、新刊)。
原著は2009年に出版された。経済混乱が続く欧州を中心に広く読まれ、12年、ドイツでベスト経済書賞を受賞。既に15言語に翻訳されたそうだ。

善と悪の経済学

善と悪の経済学

著者は38歳。24歳でハベル大統領の経済顧問に迎えられ、今は同国の大手銀行でマクロ経済分析を担当する俊英という。
この人いわく−−メソポタミア以来5000年の西洋史を通じ、経済活動は常に宗教的規範、善悪の観念と不可分だった。
いまや経済と宗教は互いに無関係と見えるが、じつは、現代は「繁栄に対する信仰」を暗黙のうちに共有する時代である。
ノーベル賞経済学者のサミュエルソンにせよ、フリードマンにせよ、経済成長を求めてさまよう民を「約束の地」へ導く預言者を思わせる。だが、経済的楽園の建設は容易ではなく、預言者は神に見放される可能性がある……。
川内原発の再稼働は、大震災後の新しい規制基準に基づく、全国初の認定という意味を持つ。
10日に1号機の制御棒が抜かれ、20日ごろ出力100%に到達。9月には営業運転へ移行する。
この決定は善か悪か。悪に属すると私は思う。
なぜか。原発は、わずかでも動かせば使用済み核燃料が増える。他方、使用済み核燃料を捨てる最終処分場の建設は依然、展望がない。公募をやめ、政府主導で決めることにしたとはいえ、非公開で自治体の担当者を集めた説明会に批判が集中、合意への道筋が見えないからである。
再稼働批判に対し、しばしば「反原発のドグマ(教義)にとらわれている」という反撃がなされるが、セドラチェク流に言えば、再稼働賛成もまた、「繁栄信仰のドグマにとらわれている」に過ぎない。

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福島第1を除いて43基ある日本の原発は、現時点ではすべて止まっている。新設の見通しはない。
現在、先進国の原発メーカーは「東芝=米ウェスチングハウス(WH)」「日立=米ゼネラル・エレクトリック(GE)」「三菱重工=仏電力公社(アレバを吸収)」の三つのグループに分かれている。
日本勢は買収・提携相手の米仏企業とともに輸出先を探している。とりわけ東芝傘下のWH社が、成長著しい中国に大量に売り込むなど、発展途上国原発が増え続けている。
このビジネスの倫理も問われるべきだろう。
原発輸出は途上国を「地上の楽園」へ導かない。過酷事故や制御不能な核廃棄物の蓄積をもたらし、資産と見えたプラントは負債に化けてしまいかねない。巨大企業は目先の利益しか見ていない。
日本は経済大国を超えてグローバル時代の課題解決先進国へ向かう。損得よりも善悪を見極める国でありたい。(敬称略)