砂川判決―司法自ら歴史の検証を - 朝日新聞(2015年7月21日)

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最高裁は、憲法の番人と呼ばれる。行政から、立法から、そして言うまでもなく外国政府から独立した存在であることが、司法の公正さの礎である。
ところが半世紀前、その原則を揺るがす出来事があった疑いが今も未解明のままだ。「砂川判決」の背後にある米政府と最高裁長官との関係についてで、当時の被告が裁判のやり直しを求めた審理が終盤を迎えた。
司法は自ら史実を検証し、国民の疑念にこたえるべきだ。
1957年、米軍基地の拡張に反対するデモの学生らが、刑事特別法違反に問われた。
2年後、日米安保条約の改定を前に世論が盛り上がるなか、東京地裁は「米軍駐留は憲法9条違反」として無罪を言い渡した。だが9カ月後、最高裁は破棄し、差し戻した。
日米安保条約のような高度に政治的な問題について司法は判断しない。いわゆる「統治行為論」を最高裁判決は打ち出し、今も重い影響力をもっている。
この判決をめぐる疑義が明るみに出たのは2008年以降。裁判当時の田中耕太郎最高裁長官が駐日米大使らと判決前に会い、裁判の情報を伝えていたとの米政府の公電が公開された。
条約改定を進めたい日米両政府にとって「米軍駐留は違憲」との一審判決がいかに不都合だったかは、想像にあまりある。
米大使館の公電によると、大使に対し長官は一審判決は誤っていたとし、最高裁では全員一致で判決して「世論を乱す少数意見」は避けたい、との望みを語った。
政府高官も無関係ではない。一審判決の翌朝、外相に会った大使が判決を「正す」重要さを強調したとの文書もある。
「公平な裁判を受けられなかった」と被告や遺族が昨年、再審を請求したのは当然だろう。
公電は外交担当者の見方によるものとはいえ、複数の公電が伝える長官と高官らのふるまいは、司法の独立だけでなく、国家の主権すら忘れ去られていた疑念を抱かせる。
それは敗戦の影が色濃く残る往時の出来事とは決して片付けられない現代の問題である。米軍基地問題の訴訟をめぐり、統治行為論は、住民被害の救済を阻む壁であり続けている。
さらに安倍政権は、今国会での成立をねらう安保関連法案の合憲性の根拠として、砂川判決を挙げた。その歴史的検証はいよいよ不可欠である。
憲法をめぐる議論は活発になっている。国民の信頼を得るには、最高裁はこの歴史の暗部から目を背けてはならない。