視点 安保転換を問う 国会と教室 - 毎日新聞(2015年7月20日)

http://mainichi.jp/opinion/news/20150720k0000m070114000c.html
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◇若者の不安に向き合え
東京都内の中学を定年退職して間もない元教師は、卒業生と久しぶりに会うクラス会だったのに気持ちが沈んだという。
自衛隊員の20代の教え子から、危険を伴う海外任務に就くことを打ち明けられた。「先生、おれ仕事がんばってるよ。本当は行きたかねえよ。でも今の仕事でいつか死ななきゃならないなら、仕方ないんだ」
中学ではやんちゃで、ずいぶん手がかかった。その生徒が大人になり、真顔で「死」を口にする。自衛隊の活動がさらに広がれば……。「もしや自分の生徒が」という不安が初めて現実味を帯びて迫ってきた。
安全保障政策の転換は若い世代の将来に関わるテーマだ。教育現場ではどう教えているのか。中学の複数の教師に尋ねると、ほとんど話をしないという。政治の話題は「中立性」を気にして避けているようだ。
山口県の高校では今年6月、安保関連法案に関して生徒たちが意見を述べ合い、どの意見に説得力があるかを問う模擬投票の授業があった。教育長は、やはり中立性の観点から問題視した。選挙の投票年齢も引き下げられたのに、これでは議論が深まらない。

一人のベテラン中学教師の話が印象に残る。

過激派組織「イスラム国」(IS)がジャーナリストの後藤健二さんを殺害したというニュースが流れた時のことだ。多くの生徒はインターネットで映像を見ていた。「自衛隊がテロと戦うしかないのかな」。怒りとともに、強い不安を感じていることを知った。

生徒の間でこんなやりとりもあった。

集団的自衛権の行使って、日本が戦争すること?」
「違うよ。日本はずっと戦争しない国なんだよ」
「いや。時代はもう変わったんだ」
そして教師に投げかけてきた。「先生はいいよな、年だから。おれたちが大人になった時に、世の中どうなってるかわかんないよ」
生徒は今、教師が想像している以上に、自分たちの将来と重ねて国の行く末を考えているのだ。教師はそう感じ、それぞれの意見をプリントにして全員に配った。教室で一緒に議論を始めた。
これまでの国会の議論はどうか。日本はどんな国を目指しているのか、若い世代の不安や疑問に応えているとは思えない。
自衛隊員として「リスク」を負うのも、長くテロと向き合うのも、アジアの国々とつき合っていくのも彼らだ。(論説委員・花谷寿人)