余録:古代ローマの皇帝も「世論」は大いに気にした…毎日新聞(2015年7月18日)

http://mainichi.jp/opinion/news/20150718k0000m070125000c.html
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古代ローマの皇帝も「世論」は大いに気にしたらしい。評判がひどいと皇帝の監視機関を自任する元老院を反皇帝に走らせるおそれがあったという。ならば世論をいったいどうやって調べたのだろう。
塩野七生さんの「ローマ人への20の質問」(文春新書)によると、皇帝主催の剣闘技などが行われるサーカス、つまり円形競技場には世論調査の機能もあったという。そこで皇帝が万雷の拍手を浴びるか、それともブーイングや冷たい沈黙で迎えられるか……である。
自身が闘技を嫌いでも、皇帝は競技場に顔を出し、批判があれば受けて立つ姿勢を示さねばならなかったという。そもそもサーカスそのものが皇帝の人気取りの仕掛けで、ローマのコロッセウムも皇帝ネロの宮殿の人工湖だった敷地を市民に返還する形で建設された。
さて時と場所は大きく変わったが、「競技場」に集まった世論に最高権力者があわてるという図である。きのうの小欄でふれた新国立競技場建設問題で安倍晋三首相が巨額経費が見込まれる今の計画を白紙に戻し、ゼロから計画を立て直すという方針を明らかにした。
この間飛び交った従来計画へのブーイングの中には、与党内からの「工期は長期で、選挙に影響する」の声もあったとか。おりしも安保関連法案で政権支持率は急落している。世論の競技場にわき上がる不満の声には政権トップの力業で応じざるをえなかったようだ。
古代ローマ史では民衆の懐柔策といわれる「サーカス」だが、こと世論との関係では安保法案や原発再稼働でもブーイングを浴びている首相である。サーカスの懐柔効果はあまり期待できまい。