令状なしGPS「違法」 人権侵害の程度重視 - 毎日新聞(2015年6月6日)

http://mainichi.jp/shimen/news/20150606ddm003040054000c.html

警察が裁判所の令状を取らないまま容疑者の車にGPS(全地球測位システム)の発信器を付け、行動を監視する捜査について、大阪地裁が5日の決定で「違法」との判断を示した。プライバシーを尊重した決定に弁護士から歓迎の声が上がったが、「適法」とされたケースもあり、司法判断が割れる形となった。先端機器を利用した新たな捜査手法をどこまで認めるか。今後も模索が続きそうだ。
◇専門家「個別に判断必要」
GPSを使った行動確認に令状が必要かどうかは「グレーゾーン」とされてきた。大阪地裁決定は尾行などと異なるGPS捜査の特異性を強調、プライバシー侵害の程度を重視し、令状なしの捜査を違法とした。
決定によると、今回の広域窃盗事件の捜査で使われたGPSは、誤差数十メートルの高い精度で捜査対象者の位置を確認できるものだった。こうしたことから、長瀬敬昭裁判長は通常は外から見えない私有地など「プライバシー保護の期待が高い場所の情報を取得できる」と指摘。令状の不要な通常の尾行と比べても「大きなプライバシー侵害を伴う」と判断した。
また、大阪府警が6カ月以上にわたり大規模で組織的な捜査を続けたことを重視。通信会社の協力で携帯電話の電波から位置情報を得る際には令状を取得している現状も踏まえ「令状請求に何ら支障がないのにこれを怠った」と批判した。GPSの技術が進歩してプライバシー侵害の恐れも高まる点を考慮、将来の「違法捜査」の抑止にも力点を置き、GPS捜査で得られた証拠は採用しないと結論付けた。
「令状主義を軽視した大阪府警の姿勢が顕著になった」。地裁の判断を弁護団の亀石倫子弁護士(大阪弁護士会)は評価した。法曹関係者も決定に理解を示すが、違法か適法かの判断は「ケース・バイ・ケースになる」との見方も出ている。
渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「地裁は長期間、複数の対象を常時監視する状態を、プライバシー侵害の程度が大きすぎると判断した。捜査機関一任でなく、裁判官に判断を仰いで適切なバランスを図るよう求めた」と指摘する。一方で、単純な行動監視や追尾なら違法とはならないとの見方を示し「令状が必要かどうかは、期間や程度、監視の状況などによって異なる」と話した。
また、ベテラン裁判官は「尾行する場合は対象者を見失う可能性があるが、GPSは行動を確実に把握できる。こうしたことから、プライバシー侵害の度合いがより強い点を重視したのだろう」と分析した。
ただ、共謀したとされる被告の裁判では、大阪地裁の別の裁判長が今年1月の決定で府警の捜査を「プライバシー侵害の程度が大きいとは言えない」として、適法と判断している。ある裁判官は「GPSを使って得た証拠の違法性については裁判官でも意見が分かれる。本格的な議論もなされておらず、新しい問題だ」とした上で「プライバシー侵害の程度が大きいかどうか、事案ごとに裁判所が判断を積み重ねていくことで方向性が固まってくる」との見方を示した。【三上健太郎、堀江拓哉、島田信幸】
◇警察困惑「誰に提示」
警察庁幹部は「GPSは捜査で不可欠の手段になっている」と大阪地裁の判断に戸惑いをみせた。警察はGPSによる捜査対象者の追跡について「捜査員の尾行を補う、令状のいらない任意捜査の一種」と位置づける。
警察庁は2006年、GPSを尾行の補助道具とする「移動追跡装置運用要領」を全国の警察に示した。GPSが使用できるケースについて、速やかな摘発が求められ、他の手法での追跡が困難な事例と定め、対象となる犯罪例を列挙している。公開はしていないが、連続窃盗や薬物事件、暴力団事件などが対象という。
捜査関係者によると、こうした事件では捜査対象者が周囲を警戒していることが多く、尾行に困難が伴う。捜査側にとって、対象者に接近することなく所在を把握できるというメリットは大きい。GPSを利用した捜査の件数などは集計されていないが、捜査現場では有効な武器とされているのが実情だ。ある捜査関係者は「仮にGPSが使えなくなると、捜査対象者の居場所がつかめない事態が増えるだろう」と話す。
令状の要否は、捜査のあり方に影響する問題だ。刑事訴訟法は令状を行使する際、処分を受ける者に提示することを求めている。GPSを使用する時に捜査対象者に令状を提示することになれば、秘匿捜査は成り立たなくなる。GPSを捜査に使うこと自体が無意味になるが、決定は令状を提示する相手について触れていない。警察幹部も「令状を取得した場合、誰に示せばいいのだろうか」と首をかしげる
司法の判断は割れており、今回の決定だけでGPSを使った捜査がただちに大きく見直されることはなさそうだ。ただ決定は、警察庁の運用要領が適法な方法でGPS端末を取り付けるよう指示しているのに、ラブホテル駐車場で取り付け作業が行われたことに言及し「建造物侵入罪を構成しかねず、運用要領さえ必ずしも厳守しようとしていなかった疑いが払拭(ふっしょく)し難い」と批判した。警察幹部は「令状の要否など制度が問題とされたのか、捜査のやり方が問われたのかを精査し、再検討すべきことがあるかどうかを見極めたい」と話している。【長谷川豊】