なぜ憲法は「取材の自由」を強く保護するのか? 首都大学東京准教授・木村草太-THE PAGE(2015年2月19日)


(1/2) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150219-00000006-wordleaf-pol
http://megalodon.jp/2015-0219-2127-47/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150219-00000006-wordleaf-pol

(2/2) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150219-00000006-wordleaf-pol&p=2
http://megalodon.jp/2015-0219-2128-17/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150219-00000006-wordleaf-pol&p=2

2 報道の自由はなぜ大切なのか
さて、そういう判断基準で見たとき、報道の自由は、第一級に「恣意的な理由で制約されやすい」権利である。

というのも、政府には、「自分に対する批判を封じたい」、「汚職や不正行為の事実を隠したい」という動機がある。こうした動機で、単なる趣味の観光旅行や、スーパーマーケットの営業を禁じようとすることはあまりないが(禁じても、余計な反感を買うだけで、あまり意味がないだろう)、テレビや新聞の報道を禁じようとすることは、しばしばある。

歴史を振り返っても、イギリス国王、アメリカ合衆国政府、徳川政権、明治政府など、権力者が自分たちを批判する報道に重罰を科したケースは、いくらでもある。当然のことながら、現在の自民党政権にだって、できれば隠したい事実はいろいろあるだろう。「頼むから黙っていてほしい」と苦手意識を持っている評論家や有識者も多いだろう。もちろん、その前の民主党政権だって、その前の自民党政権だって、あるいは、野党各党だって、そういうことはあるはずだ。

しかし、「政府にとって不都合だ」というのは、表現の自由に対する規制を正当化する理由には、およそなりえない。国民が政府をきちんと評価するためには、政府が不都合だと感じる情報も、しっかり国民に伝えねばならない。報道の自由がなければ、健全な民主主義などありえないのだ。

こういうわけで、報道の自由は、他の権利と比べても特に強く保護されなければならない、ということになる。

また、報道をするためには、その前提として取材が不可欠である。「何を報道してもいいです。ただし、〇×大臣の政治資金についての取材をしたら死刑にします」という状況では、まともな報道はできない。取材の自由は、報道の自由と同様に、憲法で強く保護しなければいけない権利だということになろう。このため、憲法21条は、報道の自由とともに、取材の自由をも保護される。