秘密保護法 言わねばならないこと(34)憲法 粗末にしないで 茨城県東海村前村長 村上達也氏-東京新聞(2014年11月20日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/himitsuhogo/iwaneba/list/CK2014112002000139.html
http://megalodon.jp/2014-1120-1909-27/www.tokyo-np.co.jp/article/feature/himitsuhogo/iwaneba/list/CK2014112002000139.html

村長に就任して二年後、地元で犠牲者二人を出すジェー・シー・オー臨界事故が起きた。「事故は起きない」と日本の技術力を過信し、原発の推進と規制の組織分離もせずにいたことに気づき「何とうぬぼれた国なのか」と思った。そのまま十一年半、過信が放置されて起きたのが福島の原発事故だ。

福島では、いまだに賠償が完結せず、帰還もできない地域がある。原発事故の被害は国家でも救済できない。原発に見切りをつけ、失業者や自治体の財政混乱に対応する撤退戦略を考えるべき時だと思う。

しかし、安倍政権は原発再稼働を進める。彼らは原発が国を強くすると考えている。国家のためなら国民が犠牲になっても仕方がないという発想なのだ。

七月に集団的自衛権の行使容認が閣議決定され、来月十日には特定秘密保護法が施行される。これらを見ていると、彼らの最終的な目標は改憲して、軍隊を持つことだと思う。

集団的自衛権によって自衛隊が海外に行き、戦闘に巻き込まれ、犠牲を出す。情報漏えいに重罰を科す秘密保護法があれば、誰もが口が重くなり情報は管理され、戦闘と犠牲は「国際貢献」などと美談にされる。そして、軍隊を持たなきゃ駄目だと、世論を盛り上げる。戦時中のような話だ。

第二次世界大戦では、兵士の命まで紙くず同然に扱った。そんな軍隊が戦争に勝てるはずはないのだが、それも美談になった。

二度の大戦を経験した世界の反省が生かされた憲法を粗末にしてはならない。米国がもたらしたかもしれないが、当時の日本人、特に兵隊に行った人は涙を流して受け入れた。国民も憲法の精神を理解すべきだ。憲法に「憲法が国民に保障する自由および権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」と書いてある。