「伝説の編集者」ベン・ブラッドリー氏のキャリアが示す朝日新聞再生のヒント-牧野洋の『メディア批評』(2014年10月24日)

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40891

ウォーターゲート事件ではワシントン・ポストは権力側からあからさまな圧力を受けた。同事件を追いかける記者の1人は当時のジョン・ミッチェル司法長官から「もし記事を掲載したら、ケイティ・グラハムの乳房を搾乳機で締め上げてやる」と脅された。

ケイティ・グラハムとは当時の社主である故キャサリン・グラハム氏のこと。グラハム氏はブラッドリー氏に全幅の信頼を置き、ホワイトハウスからの圧力に屈せずに編集不介入を貫いた。ブラッドリー氏は1995年出版の回顧録の中でこう書いている。

〈 権力側はありったけの専門家を投入してメディアを操作しようとする。あらゆる議論についてあらゆる方向から攻めてくる。ウォーターゲート事件後、政府版の「真実」を聞かされても決して満足してはならないと肝に銘じるようにした。政府版の「真実」は、真実を探し出す仕事に取り掛かる出発点にすぎない。 〉

........

朝日の「信頼回復と再生」を目指すのであれば、吉田調書報道を手掛けた特報部の縮小・解体ではなく、特報部の一段の強化だろう。調査報道は「世の中のため」「みんなのため」という精神にかなうからだ。

「9割撤退」で編集幹部が責任を取らされるのは仕方がないが、リスクを取って取材している特報部記者まで処分する必要はあるのか。ペンタゴンペーパー事件やウォーターゲート事件報道を見れば分かるように、調査報道は大きなリスクを伴う。ここでは全社的なバックアップが欠かせない。

社内で縮小すべき部署があるとすれば、記者クラブを拠点にする従来型の社会部や政治部、経済部ではないか。これらの部署は今も「当局が発表するニュースを1日でも早く報じる」ということに力点を置いており、「世の中のため」「みんなのため」を看板にしているとは言いにくい。発表を先取りしてスクープしたとしても、「当局が発表したいニュース」を報じていることに変わりはない。ここには調査報道のようなリスクもない。

繰り返しになるが、ブラッドリー時代のワシントン・ポストから学べることは「メディア飛躍の原動力は調査報道」である。朝日が信頼回復と再生に向けて大幅な社内改革に踏み切るのならば、ここを基軸にしてほしいものだ。


関連)
(筆洗)一九七四年、ニクソン米大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件…-東京新聞(2014年10月23日)
http://d.hatena.ne.jp/kodomo-hou21/20141023#p3