なし崩し変更許されぬ 集団的自衛権を考える-東京新聞(2013年8月9日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013080902000126.html

憲法解釈の番人」とされる内閣法制局長官集団的自衛権行使の容認派、小松一郎駐仏大使の就任が閣議決定された。安倍晋三首相は何がしたいのか。

内閣法制局は政府提出の法案について、憲法や他の法律と矛盾がないか審査するほか、憲法や法令の解釈で政府の統一見解を示す役割を担う。自国と密接な関係にある外国への武力攻撃を実力をもって阻止する集団的自衛権について「憲法九条のもとで許される実力の行使を超え、許されない」との解釈を示してきた。

◆危うい安倍政権の手法

長官は法制局内部から昇格するのが通例で、法制局勤務を通じて過去の法令解釈を学び、長官就任後、安定した憲法解釈を示すことができた。法制局経験のない小松氏の長官就任は極めて異例だ。

安倍首相の狙いは第一次安倍政権当時、首相が設置した「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の事務作業に関わり、集団的自衛権の行使に前向きだった小松氏を起用して、行使容認に踏み切ることにあるのだろう。

安倍首相は参院選直後に「国家安全保障基本法」を内閣が国会に提出する「閣法」でやるべきだとの考えを表明している。この法律は、集団的自衛権行使や海外での武力行使を可能にする、さながら「魔法の法典」で、改憲したのと変わりない効果が得られる。

過去の憲法解釈を覆す法案を内閣提出とするなら、内閣法制局のお墨付きを得る必要がある。そのための長官人事とみられる。

憲法論議より先に、いきなり人事から着手する手法は、意に沿った判定を下す審判に交代させて試合を始めるのと変わりない。改憲規定の憲法九六条を緩和するところから憲法論議に入ろうとしたのと同じ思考回路であり、安倍政権の危うさを感じさせる。

解釈改憲の狙い示せ

阪田雅裕元内閣法制局長官は「法制局の長官が交代したからといって見解が好きに変わるものではないし、もしそうなら法治国家ではあり得ない」という。政権が法制局全体に圧力をかけ、好む方向へと誘導するようなら国の信用は地に落ちるだろう。

安倍首相は長官人事に続き、次には休眠状態だった安保法制懇の議論を加速させる。

第一次安倍政権で設置された安保法制懇は、次の福田政権当時に報告書を出している。検討を指示された四類型のうち、集団的自衛権行使にあたるのが「公海での米艦艇の防護」「米国へ向かう弾道ミサイルの迎撃」である。

この報告書は、行使に踏み切らなければ日米同盟は崩壊するとして憲法解釈の変更を進言した。だが、公海上で米艦艇を防護する場面は、もはや日本有事である。戦場で米艦艇とともに行動する自衛隊艦艇が米艦艇を防護するのは個別的自衛権の範囲に入り、合憲との政府見解が示されている。

米国へ向かう弾道ミサイルを迎撃する技術が存在しないことは、久間章生元防衛相が国会答弁で明らかにしている。意味のない検討といわざるを得ない。

何より奇妙なのは、世界最強の米軍にいずれかの国が挑む前提になっていることだ。起こり難いことを議論すること自体が怪しい。

これまでは具体的な自衛隊の活動が予定され、国会で議論する必要に迫られると、その都度、政府の憲法解釈が示されてきた。

カンボジアでの国連平和維持活動(PKO)参加、イラク戦争での復興支援などが該当する。いずれも自衛隊の活動は合憲と解釈される範囲にとどまってきた。

安倍首相は、政府解釈を覆さなければならない活動とは何なのか、四類型以外に示さない。

東アジアをみると、日本と米国が気をもむ国がある。北朝鮮だ。米国が寧辺の核開発施設の空爆を検討した一九九〇年代と比べ、格段に高い核と弾道ミサイル技術を保有するに至った。仮に米国が攻撃に踏み切った場合、周辺事態法で定める後方支援にとどまらず、日本からの攻撃機発進を可能にしたり、自衛隊を戦闘正面に立たせたりする狙いがあるのだろうか。

◆「こっそり」より堂々議論

いうまでもなく専守防衛は日本の国是だ。平和憲法に基づく、安全保障政策の屋台骨を法制局人事を使って揺さぶり、過去の政府見解を無視して国家安全保障基本法を制定し、解釈改憲を目指すのは、「こっそり改憲」につなげる狙いにしかみえない。改憲を目指すなら、必要性を示し、堂々の議論を進めるのが筋である。

四百八人もいる自民党の国会議員は、こんなやり方に満足しているのか。そもそも全員が改憲を目指すのか、自らの考えを天下に示すのは選良の義務である。