(筆洗)米国を目指し、メキシコに集まる数千人の移民集団 - 東京新聞(2018年11月30日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2018113002000143.html
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向かい合った二人の横顔なのか、一個のつぼなのか。簡単な図形が、異なる二つのものに見える。あの有名な図形は、心理学者の名から「ルビンのつぼ」などと呼ばれるそうだ。見るたびに、人の知覚の不思議を感じさせる図形だろう。
図形だけでなく、人は同じ現実を見ても、異なるものをイメージすることがあるらしい。中米ホンジュラスなどから米国を目指し、メキシコに集まる数千人の移民集団である。国境の向こう側で、トランプ米大統領は「多くは冷酷な犯罪者」と、集団を見る。「侵略者」とも言った。中間選挙には好都合だったのだろう。
催涙ガスを使った対処はきっとその見方の延長線上にある。壁のこちら側。メキシコ発の報道を見ると別の絵がある。犯罪への恐怖と貧困でやむなく母国を離れ、数千キロを歩いて米国に向かう人々だ。
あまりの低賃金に、母国での生活をあきらめ、二人の子と何日も歩く女性。稼ぎ頭だったであろう父が亡くなり、旅立った十五歳の少年。母は「気を付けて」と送り出したそうだ。
ギャング集団の脅しに国を出た若者もいる。長距離を歩くため、重い荷は持てない。だから、普段着にリュック姿が多い。
貧困も犯罪も米国の問題ではない。国境を閉ざしたい心理も分かる。ではあるが、相手を見誤れば悲劇が起きよう。つぼを壊したつもりが…。怖いイメージが、浮かんでくる。