「反日」中傷 横行を考える 是枝監督「今日性浮き彫り」 - 毎日新聞(2018年7月18日)

https://mainichi.jp/articles/20180719/k00/00m/040/099000c
http://archive.today/2018.07.18-234324/https://mainichi.jp/articles/20180719/k00/00m/040/099000c


公権力と一線を画した表現や研究は「反日」なのか。カンヌ国際映画祭の最高賞を受け、政府の祝意を断った是枝裕和監督が「国の助成金を利用したのに非礼だ」「映画は反日的内容」などバッシングされた。「反日」というレッテル貼りが横行する背景を考える。【中川聡子/統合デジタル取材センター】
文化は国を超える
文化庁に2000万円の助成を受けた是枝さんが「万引き家族」で最高賞を受けた直後の先月、国会で林芳正文部科学相が是枝さんに祝意を伝える考えを示した。これに対し、是枝さんは「映画が国益や国策と一体化して不幸を招いた過去の反省に立ち、公権力とは距離を保つ」との見解を公表。辞退の意向に批判が噴出した。
是枝さんの見解には助成金への謝意も書かれている。「読んでいないのか、意図的な誤読なのか、『反日だ』『韓国に帰れ』と中傷がエスカレートしていった」と、是枝さんは取材に振り返った。
文化庁の助成は「政府関係者のポケットマネーではなく国民の税金。映画の多様性に資する再分配と理解している」と語る。「文化が『国』を超えるという意識があれば、文化への助成が国益と単純に重ならないことが分かる。世界を豊かにすることが、必ずしも今の日本を豊かにすることに直結しないこともある。そんな(国益にこだわらぬ)発想が『反日』と言われるのだろう」と見る。
国益の先に「国策映画」
映画「万引き家族」で主人公たちは自身の思いをよそに、周囲から「犯罪者」とみなされる。「終盤であの家族に向けられる世間のまなざしが、今回の件で私や私の映画に向けられているのではないか。祝意の件でそのまなざしが可視化されたとすれば、残念ですが、それがこの映画の今日性かもしれない」
カンヌ映画祭は仏政府主催だとして「公権力と距離を保つ」との表明を批判する声もある。是枝さんは「カンヌを含む主要な国際映画祭は、政府の主催でも国益ではなく映画文化の利益を優先する。『公権力は金を出すが口は出さない』という価値観が共有されている」と反論する。
日本の為政者の映画観はどうか。菅義偉官房長官は最高賞受賞について「日本のコンテンツの海外展開に弾みがつく」と述べた。安倍晋三首相もかつて東京国際映画祭で「日本の経済成長の中核がコンテンツ産業だ」とあいさつした。
是枝さんは言う。「映画は『コンテンツ』ではなく『シネマ』と言う。外貨獲得の手段ではなく芸術作品で、国益や経済を文化の上位に置く価値観は映画祭にはなじまない」。映画と国益が結びいた先には「国策映画」があると懸念している。
「徴用工」研究にも圧力
反日」批判は、文科省の外郭団体が助成先を決める科学研究費補助金科研費)でも起きている。
日本の朝鮮半島統治時代の徴用工問題に取り組む研究を、自民党杉田水脈(みお)議員が「科研費を使って韓国の団体と一緒に反日プロパガンダ(宣伝)をやっている」と批判(2月26日衆院予算委員会分科会)。さらに、政権に批判的な法政大の山口二郎教授への科研費助成もツイッター上などでやり玉に挙げた。
山口氏は「研究が国益にかなうか否かを決めるのは政治権力ではない」とツイッターで反論。法政大の田中優子学長も「適切な反証なく圧力で研究者の言論をねじふせることは断じて許されない」と発信した。
安倍政権下特有の現象
コラムニストの小田嶋隆さんは「助成する国や公的機関ではなく一部の議員やネトウヨネット右翼)が批判し、『反日』のレッテルを貼る。安倍政権下特有の現象」と言う。「かつて安倍首相や近い勢力は極右として自民党内で浮いていたが、今は政権中枢にいて自信を得ているのではないか。我々は右でも左でもなくど真ん中だ、という自意識が透けて見えます」
ネトウヨの批判について「必死だな」「反抗期の子供か」など相手への“上から目線”が特徴と指摘。「相手を不快にさせ、優位に立つ姿をギャラリーに見せるのが目的で、議論にならない。それでもきちんと反論することが正常な言論空間の維持につながる」と話す。
戦前の国家主義者を連想
近現代史に詳しい著述家の辻田真佐憲氏は祝意辞退や科研費の議論に、戦前の国家主義者・蓑田胸喜(みのだ・むねき)を連想したという。天皇機関説を唱えた美濃部達吉(みのべ・たつきち)ら自由主義的な学者を攻撃する蓑田に政治家や軍部が呼応した。「大衆を刺激する『報国』『不敬』などの強い言葉が学問や表現の否定に利用された。戦後は封印されてきたが今は新鮮に響き、他人への攻撃のよりどころとなっている」と見る。
反日」に惑わされないために、辻田さんは「学問や文化の恩恵を受ける『市民社会』や『公共』のイメージを持つことが大切だ。表現の自由の大事さを社会一般にもっと理解させる努力が必要だ」と強調する。