(余録)庶民にはわずらわしい役所の書類仕事は「文書主義」といって… - 毎日新聞(2018年3月13日)

https://mainichi.jp/articles/20180313/ddm/001/070/116000c
http://archive.today/2018.03.13-001744/https://mainichi.jp/articles/20180313/ddm/001/070/116000c

庶民にはわずらわしい役所の書類仕事は「文書主義」といって近代の官僚制の特徴とされる。ただし日本では8世紀の大宝律令(たいほうりつりょう)で唐をまねた文書主義が導入され、中央と地方の連絡などに膨大な文書が作成された。
「刀筆(とうひつ)の吏(り)」。当時の役人がそう呼ばれたのは字を記す筆と共に、木簡(もっかん)に記した字を削る小刀が役人の必需品だったからだ。小刀は紙に書かれた字を消すのにも用いられ、刃で紙をこすって消す技法は「擦り消し」と呼ばれた(鐘江宏之(かねがえ・ひろゆき)著「律令国家と万葉びと」)
財務省の前身、大蔵省も大宝律令で生まれたが、何か相伝の秘法でもあるのか。昔と違い国民に対する行政の公正の証しである今日の文書主義だ。その信頼を大きく裏切った財務省の擦り消しだった。
森友学園への国有地格安売却の決裁文書が問題表面化後に改ざんされたのを認めた財務省の調査報告である。「本件の特殊性」を削除するなど改ざんは関連文書14件約300カ所に及び、中には首相夫人の名が含まれる記述もあった。
麻生太郎(あそう・たろう)財務相は改ざんにかかわったのは理財局の一部という。悪いのは役人の勝手な小細工といいたげだ。その役人を徴税のトップに厚遇し、自らが率いる行政の病理にフタをして国民の信頼を失墜させた責任は眼中になさそうだ。
安倍晋三(あべ・しんぞう)首相はこの財務相に真相解明を委ねるという。「刀筆の吏」は後の時代には記録役の小役人をあざける言葉になった。だが今日、文書や記録を軽んずるのは民主主義をあざ笑うのと同じである。