(筆洗) - 東京新聞(2017年7月11日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017071102000130.html
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源頼朝に追われ、義経が難を逃れた奥州の地。その縁によるのか、東北地方は義経びいきが強い土地だったそうだ。今でいえば、「ご当地ヒーロー」である。
そのせいでその昔の奥州での芝居巡業といえば、義経とはまったく関係のない狂言にまで、義経を出さなければ、客はおさまらなかったそうだ。
永六輔さんの『芸人その世界』に教わった。「義経公、しづしづと出給(たま)ひ四辺みまはし悠々と、さして用事もなかりせば、又もやもとへ入り給ふ」。義太夫はもっともらしいが、なんのことはない。筋立てに障らぬように出て引っ込むだけである。
それだけでも奥州の客は満足したかもしれぬが、こっちの興行は当然、出るべき役者が楽屋に隠れ、板の上に立たなかった。首相の友人が理事長を務める、「加計学園」の獣医学部新設の経緯をめぐる国会での閉会中審査。肝心の首相が出席しなかった。これでは義経の登場しない「義経千本桜」か「勧進帳」か。
はっきりさせたいのは戦略特区での獣医学部新設について首相の指示があったか否かである。首相抜きでの審議では限界があり、真相に迫ることは難しかろう。第一、主役抜きの不条理劇では国民がおさまるまい。
まさかこの日限りの興行ではあるまいな。話の筋も理も見えぬままの幕では、ただでさえ、支持率急降下の立役者とその一座、今後は酷(ひど)い不入りに泣こうて。