(余録)「めいめいが革袋のなかに… - 毎日新聞(2017年5月30日)

https://mainichi.jp/articles/20170530/ddm/001/070/091000c
http://archive.is/2017.05.30-003024/https://mainichi.jp/articles/20170530/ddm/001/070/091000c

「めいめいが革袋のなかに、ワインといっしょに食べようと乾いた1個のパン、玉ねぎ二つ、オリーブの実3粒もってやって来た」。民会、つまり市民総会に集まるアテネ市民を描く古代ギリシャ喜劇の一節だ。
まるでピクニックみたいだが、アテネの国政の最高意思決定機関である。野外の民会場は6000人が収容可能で、市民権のある成人男子ならば誰でも参加・発言でき、多数決によって論議を決した(橋場弦(はしばゆづる)著「民主主義の源流」)
こちらの有権者総会は酒や食べ物の持ち込みは論外だろうが、それもこれから決めなければならない。町村議会を廃止して予算や条例を有権者総会で決めてはどうかという高知県大川村の検討が、全国の小規模町村で注目されている。
地方自治法94条によれば、町村は議会を置かず有権者総会を設けることができる。過疎化、高齢化で議員のなり手が減り、議会の存続が難しいのは大川村に限らない。小紙の調査では小規模町村の7割が同じような問題を抱えていた。
その結果、議員定数が10未満の154町村のうち4割超に議会廃止を「将来検討する可能性がある」という。しかしいざ現実問題として考えれば、高齢者や障害者が招集に応じるのは容易でなく、有権者総会の実現のハードルは高い。
近代民主主義の源流をなす古代の直接民主政治から一度「自治」を考え直すのも悪くはなかろう。そのうえで議会の存続のための現実的な条件を組み立て直すことができれば、それにこしたことはない。