(書評)「自白」はつくられる 浜田寿美男 著 - 東京新聞(2017年4月23日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2017042302000194.html
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◆心理学者が読み解く冤罪
[評者]五十嵐二葉=弁護士
やってもいない犯罪、それも認めれば死刑になる殺人罪を、無実の人が自白するはずがない。裁判になってから言い逃れできそうだと、取調官に強制されたなんて嘘(うそ)を言い出すんだ。
普通の人はそう思う。プロの裁判官もここは素人と同じだと著者は言う。 その結果、冤罪(えんざい)が強く疑われ再審請求されながら今現在決着がつかない事件で死刑が執行されてしまった事件が三件、獄死事件が五件。その過半数を含む「挙げれば切りがない」数の事件に心理学鑑定人として関わってきた著者が怒りをこめて書いたのが本書だ。
冤罪でも自白してしまえばほぼ助からない。それなのになぜ自白するのか。
身柄拘束されて、先進国では日本だけの長期間(去年問題になった今市女児殺害事件では逮捕から十六カ月の起訴後の勾留でも取調べをしている)長時間(一日十五時間など)の取調べ。否認しても、否認しても毎日責め続けられて疲れ切り、認めてこの苦しみから逃れたいだけになって「やったんだな」にうなずく。すると「どうやったんだ」と責められる。知らないから答えられない犯行の具体的な中身が取調官との「合作」で作られていく。
冤罪者達が苦しみと共にたどったこの過程を、著者の鑑定はそうして作られた供述調書から読み解く「自白が無実を明かす」作業だ。検察側が有罪の証拠として出す供述調書だけでなく取調べの全供述を対象に、犯人が真の記憶に基づいて語った跡なのか、犯行を知らない者が取調官と合作した「ことば」なのかを分析する。
だがこの自白鑑定が裁判所にまともに受け入れられたことはない。裁判官は自白の任意性・信用性判断は自らの専決事項で心理学の立ち入る問題ではないと排除し、問題のある自白を証拠に使って有罪判決を繰り返している。
ただ最近では、著者に続いて供述心理学・供述の鑑定に取り組む心理学者も現れ、少しずつ成果が出てきた。心理学全体としての発展が期待される。
 (ミネルヴァ書房・3240円)

<はまだ・すみお> 奈良女子大名誉教授。著書『名張毒ぶどう酒事件』など。
◆もう1冊 
菅野良司著『冤罪の戦後史』(岩波書店)。免田事件、足利事件など長く無実を叫び続けてきた人の声を聴き、刑事司法の問題点を示す。