(余録)60年前に当時の西ドイツ、フランス、イタリアなど… - 毎日新聞(2017年4月2日)

http://mainichi.jp/articles/20170402/ddm/001/070/165000c
http://archive.is/2017.04.03-011234/http://mainichi.jp/articles/20170402/ddm/001/070/165000c

60年前に当時の西ドイツ、フランス、イタリアなど欧州6カ国が締結したローマ条約は関税のない共通市場の創設を目標に掲げた。現在の欧州連合(EU)の礎を築いた歴史的な文書と位置づけられている。だが各国代表が署名したのは実は白紙の束だった。
前夜までに印刷し終えた文書は、インクを乾かすため床に並べておいたところ、署名当日の朝にゴミと勘違いした清掃員に捨てられてしまったのだ。白紙の束は報道陣の目に触れないようにと署名式の後、すぐ別室に運ばれ施錠されたという。
後に関係者が明かした秘話を田中俊郎慶応大名誉教授が駐日EU代表部のウェブマガジンで紹介している。各国代表も冷や汗をかきながら署名したであろうそのローマ条約は今年3月25日に「還暦」を迎えた。
何度も難局を乗り越えてきた欧州は新たな試練を迎えている。今月末に大統領選を迎えるフランスでは「国家の主権を取り戻せ」と反EUを唱えて勢いづく極右候補が、60年かけて築かれた結びつきを白紙に戻そうとしている。
離脱の道を選択した英国とEUの間では、前例のない白紙からの交渉が始まる。好条件を引き出したい英国と「いいとこ取り」させまいとする他の国々が角突き合わせることになる。
「六十にして耳順(したが)う」と論語にある。欧州の指導者たちに今求められているのは、人々の不満に耳を傾け、分断を生まない方策をじっくり練ることだろう。生乾きのままでは、また誰かに捨てられてしまうかもしれない。