(余録)宮崎駿監督のアニメ映画… - 毎日新聞(2017年3月28日)

http://mainichi.jp/articles/20170328/ddm/001/070/113000c
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宮崎駿(はやお)監督のアニメ映画「となりのトトロ」は埼玉県と東京都にまたがる狭山(さやま)丘陵が舞台だ。森にすむユーモラスな生き物のトトロに幼い女の子が出会う。その時に通ったような木々のトンネルがある。見ると、どこか懐かしくなる。子供のころ、大切にしていた風景が誰にもある。
このトンネルも住民の大切な場所だった。福島県富岡町の夜(よ)の森地区にある桜のトンネル。並木は1500本もあり、両側の枝が折り重なる。春には桜まつりが開かれた。
しかし原発事故で住民は全町避難を強いられた。並木の大半は帰還困難区域にある。それでも満開の花を咲かせる。4月、町は一部を除き避難指示が解除される。帰還する人々を桜のトンネルが迎える。
「どんな花よりも桜が大好きです。その中でも一番好きなのは一人で帰宅する時に目にする夜桜でした」。新潟市が募集する「ふるさとへ贈る手紙」で2012年に最優秀賞を受賞したのは富岡町出身の女子大生だ。実家は並木の前にある。だが原発事故でもう戻れないと諦めていた。
地元の友人が震災前にメールでつぶやいた言葉を思い出した。「夜の森ってトトロがいそうだね」。幼いころの思い出がよみがえったのだろう。「いつかトトロに会いに行こう。桜を見に行こう。生まれ育った大切な故郷に戻ろう」。その時まで強く生きていくと決めた。
この春、彼女は故郷で桜を見るだろうか。トトロの姿は大人には見えない。幸せだったあのころの気持ちに戻ってトトロに会ってほしい。