(筆洗)「歌うたびに悲しいが、歌い続けなければならぬ曲」とホリデーは言った - 東京新聞(2017年1月16日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017011602000126.html
http://megalodon.jp/2017-0116-1637-41/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017011602000126.html

<南部の木々には奇妙な果実がなる>。米ジャズ歌手、ビリー・ホリデーが歌った「奇妙な果実」。「果実」とは白人からのリンチによって殺され、木に吊(つる)された黒人の死体のこと。<奇妙な果実がポプラの木に揺れている>。ホリデーの悲しみを搾り出すかのような沈うつな声が聞こえてくる。
作詞はユダヤ人の教師だったルイス・アレン。当時、米国南部では珍しくなかった黒人リンチ。その写真を目の当たりにして暴力と不公正に憤り、その歌詞を書いた。
リンチや暴力という直接的な言葉は一切、出てこない。南部の風に揺れ、カラスについばまれる「果実」をたんたんと書いた詞はかえって差別やそれを行う人間の醜さと恐ろしさを強く印象付ける。ホリデーの録音は一九三九年だが、詞を書いたのは、三七年のことというから、今年で八十年である。
八十年後のその曲をめぐる最近の話題である。現地二十日に行われるトランプ次期大統領の就任式への出演を要請された英国歌手レベッカ・ファーガソンさんがこんな条件を出したそうである。「奇妙な果実」を歌わせてくれるなら。
人種対立を煽(あお)って憚(はばか)らぬ次期大統領の好みの曲ではなかったか。結局、出演は消えた。
「歌うたびに悲しいが、歌い続けなければならぬ曲」とホリデーは言ったが、聞き続けなければならない曲であり、祈りでもあろう。特に米国大統領は。