ドイツ 寛容の力(上) メルケル流 自信の裏 - 東京新聞(2016年2月2日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016020202000140.html
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最初から誰にでも、寛容だったわけではなかった。
難民問題が今ほど大きくなる前の昨年七月、国外退去への不安を涙ながらに訴えたパレスチナ人少女(ドイツ滞在四年)に対し、メルケル首相はこう言った。「政治はつらいもの。パレスチナ難民全員をドイツが引き受けることはできない」
しかし、少女の流ちょうなドイツ語は、社会に溶け込んでいることをうかがわせた。
「冷酷」との批判が広がる。少女一家の送還は見送られた。
首相は後日、少女がけがの治療のために、独赤十字によってレバノンの難民キャンプから連れてこられたことを知り「ドイツは本当に人道主義的な国だ」と述べた。寛容な政策に国民の支持が得られる自信が強まった。
難民を乗せた船が次々に転覆、保冷車に詰め込まれた難民の遺体も見つかった。
メルケル首相は難民受け入れに上限を設けない考えを表明した。
法的根拠に、基本法憲法)で難民の保護請求権を認めていることを挙げた。ナチスユダヤ人迫害が多くの難民を生んだことへの反省から設けられた条項だ。
「エネルギー革命を最短期間でやり遂げた脱原発への取り組みを思い起こしたい。東西ドイツの統一も、いい例として挙げていいかもしれない」。過去への自信が今回の決断を後押しした、とも強調した。
技術力の高い日本でも原発事故を防げなかったことに衝撃を受けて公約を転換した時のような、思い切りのいい方針表明だった。
独走には批判も集まる。独週刊誌シュピーゲルは「独りぼっち」とのタイトルで、メルケル首相の顔が溶けゆくデフォルメ写真を掲載した。首相を支持する論調の同誌も不安のようだ。
メルケル首相は、難民受け入れを「息の長い巨大な国家課題」と位置付ける。試練は織り込み済み、ということか。
ドイツの挑戦を追い、多文化社会づくりの課題を探る。 (熊倉逸男)