(筆洗)一枚の写真が、歴史を動かすことがある - 東京新聞(2015年9月5日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2015090502000149.html
http://megalodon.jp/2015-0907-0945-05/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2015090502000149.html

一枚の写真が、歴史を動かすことがある。その一例が、ベトナム戦争終結を早めたといわれる「戦争の恐怖」と題された写真だ。
ナパーム弾で、村も着衣も焼かれ、裸になって逃げる少女。「熱い、熱い」と泣き叫ぶ声まで写しとったような写真は、ベトナムで何が起きているかを世界中の人々の目に焼き付け、和平を求める声を高めた。
また一枚の写真が、国家や社会を動かそうとしているのだろうか。二日の朝、トルコの海岸で撮られたその写真がとらえているのは、目を見開いたまま波打ち際でうつぶせになっている三歳の男の子だ。
赤いTシャツと紺色の半ズボンを着たその子は、もう歩くことはない。シリア内戦に追われ各地を転々とした末、一家四人で渡欧しようと小舟で乗り出した海で溺れたのだ。
ことしシリアなどから海路、欧州に渡った難民は三十万人を超えたとされる。あまりの多さに各国は手をこまねき、露骨に拒否反応を示す国もある。しかし漂流物のように打ち上げられた小さな体の映像は、もう見て見ぬふりをすることは許されぬ事態であることを、悲しくも、教えている。
難民は全世界で爆発的に増えて、およそ六千万人。その半数は子どもたちだ。日本に難民申請をする人も急増し、昨年の申請者は五千人に達したが、政府が難民と認めたのは、十一人。それが平和国家・日本の一つの顔である。