(余録)2016年のカンヌ映画祭で最高賞を獲得した「わたしは、ダニエル・ブレイク」は… - 毎日新聞(2023年1月30日)

https://mainichi.jp/articles/20230130/ddm/001/070/096000c

2016年のカンヌ映画祭で最高賞を獲得した「わたしは、ダニエル・ブレイク」は、病気で失業した大工、ダニエルの苦境を描く。公的支援を得るための手続きがあまりに冷淡で、尊厳を傷つけられていく。
無収入の身に物価高は容赦ない。高額の電気代を払うため、亡き妻との思い出が詰まった家具を売る。ダニエルを絶望から救い出したのは、かつて彼が手を差し伸べたシングルマザーのケイティだった。
2人の子を育てるケイティも無職。空腹に耐えかね、フードバンクでもらった缶詰をその場で開けて手づかみで食べる。「みじめだわ」と泣く彼女にダニエルが「君は何も悪くない」と声をかける場面に胸をつかれた。
ケン・ローチ監督は、弱い者に不寛容な社会を告発してきた。綿密な取材に基づいた展開には説得力がある。フードバンクの場面も実話だそうだ。「映画を通して社会の構造的な問題を解決したい」とインタビューに答えていた。
今の日本にも多くのダニエルやケイティがいる。今年は食品だけで1万品目もの値上げが予定され、光熱費も右肩上がりだ。一方で給与は伸び悩む。正規社員が半数に満たないシングルマザーには、賃上げの恩恵も薄い。
国会では岸田文雄首相が「次元の異なる少子化対策」のために当事者の声を徹底的に聞くと語った。「まだ聞いてなかったの?」と驚いた。閣僚席には、のりの利いたワイシャツを着た人々がずらりと並ぶ。映画で「聞かない力」を発揮していたお役人も同じ格好だった。