<コラム 筆洗>中国の文豪・魯迅(ろじん)の『藤野先生』は、恩師の藤野厳九… - 東京新聞(2022年9月30日)

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中国の文豪・魯迅(ろじん)の『藤野先生』は、恩師の藤野厳九郎との交流など仙台で医学を学んだ若き日を描く。日本の学生たちに試験の不正を疑われる場面がある。
「なんじ悔い改めよ」と始まる匿名の手紙が下宿に届き、事前に藤野に出題箇所を教わったのだろうと指摘される。留学生を案じた藤野が、魯迅が講義でとるノートを定期的に添削したため疑われたようだが、事実無根。
魯迅は記す。「中国は弱国である。したがって中国人は当然、低能児である。点数が六十点以上あるのは自分の力ではない。彼らがこう疑ったのは、無理なかったかもしれない」。日露戦争のころで、既に日清戦争に勝った日本には中国を見下す空気があった大戦を経た日中が国交を正常化して昨日で五十年。互いに思い込みを排し、相手を見ているだろうか。就任約一年の岸田首相は先方のトップと対面で会談していない。日本の世論調査では、中国に親しみを感じない人が86%にも上っている。中国は経済大国となって軍拡で周囲を威圧し、日本も備えよとの声は国内で強まる。
「悔い改めよ」は、ロシアの作家トルストイ日露戦争時、両国に戦いをやめるよう訴えた論文で使った言葉。各国で話題になり、魯迅への匿名の手紙にも影響した。
戦ってはいない今の日中に向けては言葉が過ぎるかもしれないが、お互いに過熱を戒め、謙虚でありたい。