<金口木舌>焼け焦げたノート - 琉球新報(2021年10月26日)

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縁が焼け焦げた、小さな1冊の数学のノートがある。今の時代と変わらない関数のグラフや数式が几帳面に書かれている。宮城政三郎さん(93)が1944年、疎開先の台湾に持って行った県立第一中学校当時のもの

▼自宅が空爆で全焼し、焼け跡から見つかったのはこれだけ。「数学は好きじゃなかったのに」と笑う。国のため死ぬことを教育され、軍に動員された沖縄の中学生は勉強もできなかった
▼「戦争のことは思い出したくない」。ある高齢の男性宅を訪ねたがドアに鍵をかけられ、罪悪感が押し寄せた。戦後も苦しい体験を記すことも話すこともできず、亡くなっていった人はどれだけいるだろう
▼宮城さんも戦後、爆弾が落ちてくる夢にうなされた。「その傷は何年たっても消えない」。夢は、戦後しばらく続いたという
▼こちらは別のノート。21日、街頭で岸田文雄首相は「総裁選を勝ち抜くため国民の声を書き込んだ」とアピールした。手に持つそのノートに沖縄県民の声は書かれているか。声にさえできない苦しみに思いをはせたことはあるか
▼「軍事国家への歯止めになるために戦争を語り継ぐ意味がある」と話す宮城さん。若者に政治への関心を望む。「私たちは高齢で後先いくらもない。平和で民主主義の国づくりを若い皆さんに託します」。焼け焦げたノートは私たちに教訓を伝えてくれる。