(筆洗)<そうだ。耳をすますと、どこかで弔いの鐘が、鳴っている…>… - 東京新聞(2021年9月10日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/129994

<そうだ。耳をすますと、どこかで弔いの鐘が、鳴っている…>。歴史学者色川大吉さんは、著書『ある昭和史』に記している。ヘミングウェーの小説の題名にもなった英詩人ダンの次の詩を引用して、その鐘を例えた。

…問わせることはやめよ
誰がために鐘は鳴るか、と
鐘はおまえのために鳴っているのだ

学徒出陣で海軍入りしている。多くの仲間が命を落とし、行方知れずにもなった。自身は米軍機の攻撃で、戦死の瀬戸際だった。上官の暴力も経験している。
鳴っている「歴史の鐘」は、霊のすすり泣きのようにも、生き残った人への呪いのようにも聞こえるとも記している。その鐘に動かされるように、歴史を書き続けた人であろう。九十六歳で亡くなった。
日本は、戦争で亡くなった人たちに顔向けできる国になったのか。平和の国になったのか。同時代への厳しい視線からの言葉が著作に残されている。
自身の半生もつづった『ある昭和史』で自分史を提唱した。異例の手法であったらしいが、自分史ブームの先駆けになっている。民衆に光を当てた著述でも知られた。英雄や偉人、政治家らを追った歴史記述を<そんなの上澄みじゃないか>と言った。一億人の歴史があるのだと。
政府の憲法や安保政策を厳しく見てきた。地に足をつけて、日本を見てきた人の警鐘が、失われてしまったのかもしれない。