<金口木舌>被爆国のオリンピック - 琉球新報(2021年8月5日)

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1964年10月10日の東京オリンピック開会式を報じた本紙で面白い記事を見つけた。「沖縄でも『世界は一つ』の画面に20年前の10・10空襲の思い出を話ながら世紀の祭典に見入った」と書いてある

▼記事は那覇でテレビの実況中継を見る市民の様子を伝えている。街を焼き尽くした日から20年の節目に市民、県民は「祖国日本」の復興を象徴する祭典の幕開けを迎えた
▼当時の感覚では10・10空襲、沖縄戦は日常生活の中で思い出す出来事だった。57年前のオリンピックは、復興の途上にあった米統治下の沖縄と日本本土との一体感を醸し出した。今回はどうだろう
メダルラッシュに沸き、新型コロナウイルスに恐怖を覚える。オリンピック賛美と怒りの声がやまず、国民の間に分断が走る。その中で私たちは広島、長崎の原爆投下から76年の日を迎える
▼原告全員への被爆者健康手帳交付を認めた「黒い雨」訴訟の高裁判決が確定した。2度の東京オリンピック開催で敗戦後の復興と国力を誇示したのに、被爆者救済は遅れた。そのことを重く受け止めたい
国際オリンピック委員会は、広島市などが要請した広島原爆の日の黙とう呼び掛けの対応はしないという。しかし、戦争犠牲者を悼み、負の歴史とも向き合いながら平和や核廃絶を祈る場があってもよい。それが被爆国で開くオリンピックの意義ではないか。