(筆洗) 中国広東省に生まれ、駅で荷物運びの仕事をしていた少年は旅行… - 東京新聞(2021年6月25日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/112641?rct=hissen

中国広東省に生まれ、駅で荷物運びの仕事をしていた少年は旅行者からもらったチョコレートの味に感激する。香港からの旅人だと聞いて思った。「香港は天国に違いない」
密航して渡った香港には、大陸にない自由があった。「天国に来たようだった」と思った。裸一貫から、実業家として大成功する黎智英(れいちえい)(ジミー・ライ)氏である。英紙などが報じている。その後、天安門事件で中国の自由が脅かされているのに衝撃を受けた黎氏は、蘋果日報(リンゴ日報)をつくる。エデンの園にある禁断の知恵の木の実にちなんで名付けたという香港紙である。
黎氏があこがれた自由は終わったと告げるような事態だ。民主派系のメディアとして中国に批判的だったリンゴ日報が、当局の圧力を受けて、事実上の廃刊に追い込まれた。黎氏は反政府デモに絡んで逮捕されているが、逮捕の前に、「香港は死んだ」と語っている。
物事があっという間に進んでいる。国家安全維持法が施行されたのが一年前だった。「危ない」と言っているさなかに、民主派の声が、どんどん聞こえなくなっている。
善悪を知る木という、禁断の木の実を食べたアダムとイブは、楽園を追われる。リンゴ日報も、禁断の読み物にされてしまったか。
天国に思えた地が、暗黒の世界に近づいているようである。「危ない」という声すら聞こえなくなっている。