(筆洗) ナチスドイツは印象派以降の近代絵画を退廃的だとして弾圧を加… - 東京新聞(2021年5月30日)

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ナチスドイツは印象派以降の近代絵画を退廃的だとして弾圧を加えた。勇気ある美術教師がいた。ナチスの芸術政策を無視し、自宅に子どもたちを招き、クレー、マチスピカソの作品をひそかに見せていたそうだ。
その中の一人だった十二歳の少年は先生の見せる作品に夢中になった。とりわけ気に入ったのはフランツ・マルクの「青い馬」だった。ヒトラーが「青い馬などいない」と嫌った作品である。
少年は第二次世界大戦後、米国で暮らし、イラストレーターとしての道を歩み始める。世界的ベストセラー絵本、『はらぺこあおむし』(一九六九年)などの絵本作家エリック・カールさんが亡くなった。九十一歳。
はらぺこあおむし』は現在六十二の言語に訳され、総発行部数は四千八百万部にも及ぶ。あおむしがリンゴやナシ、スモモを次々に食べては大きくなり、ついには美しいチョウとなる。鮮やかな色彩とあおむしがかじった穴のおもしろさが世界中の子どもの心をとらえた。
灰色、黒、暗い緑色は戦争中のカムフラージュ(擬態)を連想させ、苦手だったそうだ。あおむしから生まれ変わったチョウが帯びた自由で、生き生きとした色。その理由が少し分かった気がする。
みんな、チョウになれるよ。あれは希望の物語なのだと語っていた。世界の子どもに大きなお土産を残して、チョウが大空に向かっていった。