<金口木舌>正しく恐れる - 琉球新報(2021年5月15日)

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街中を歩いていると歩道や路肩、街路樹の周辺でマスクを時々見掛ける。ごみとして捨てる人がいるとは思えない。誰かが誤って落としてしまったのだろう

▼県警によると、2020年に拾得物として取り扱ったマスクの数は前年の9倍だという。こんなところにもコロナ禍ならではの現象が起きている。気の緩みの表れだとしたらちょっと気になる
▼くすんでしまい、周囲の落ち葉と見分けが付かなくなったマスクを見て思う。「コロナとの共存」に私たちは慣れ、受け入れてはいないか。そういえば「正しく恐れる」という言葉を最近聞かなくなった
▼コロナ禍と米軍基地被害はどこか似ている。人命に害を及ぼす。人権を傷つける。教育環境を台無しにする。沖縄の自立的発展を妨げる。いくらでも列挙できよう。基地と長年暮らしていると、そんな被害に慣れてしまうのだ
▼「基地との共生・共存」を沖縄に求めた人がいた。宝珠山防衛施設庁長官である。県民の怒りを買った「宝珠山発言」から27年。そして沖縄はきょう、施政権返還から49年を迎えた。「基地との共生・共存」の強要が続く
▼県民や国民の生命を守るべき政府の無責任が目に付く。コロナと米軍基地被害の最大の共通点であろう。困っている人や苦しんでいる人が放置されている。それを黙認するような空気が広がるならば怖い。正しく恐れたい。