(余録)「いやだいやだよ… - 毎日新聞(2021年1月23日)

https://mainichi.jp/articles/20210123/ddm/001/070/098000c

「いやだいやだよ じゅんさはいやだ じゅんさコレラの先走り チョイトチョイト」。1882(明治15)年のコレラの流行時にはやった俗謡だ。子どもたちが歌いながら、列をなして練り歩いたという。
コレラの先走り」とは感染者の「避病院」への移送を巡査が先導したためだ。強制隔離などの防疫に強権を振るった巡査は、不安におびえる民衆の反発の的となり、各地で衝突が続発した(奥武則(おく・たけのり)著「感染症と民衆」平凡社新書
献身的な巡査の殉(じゅん)職(しょく)譚(たん)も伝えられているが、何しろ強制隔離先の避病院がひどかった。ろくな治療も受けられずに死を待つだけの場所として民衆に恐れられたのである。文明開化のダークサイドを浮き彫りにしたコレラの流行だった。
さて医療が逼迫(ひっぱく)する今日のコロナ禍では入院したくても受け入れられず、自宅療養中に亡くなる例が相次ぐ。ちょっと驚いたのは、そんなさなかに入院を拒否する感染者に懲役刑を含む罰則を科す法改正案が閣議決定されたのである。
政府は同時に営業制限に応じない業者に過料を科す法改正案も決めている。罰則の必要な局面はあろうが、事は重大な権利の制限だ。本来なら緊急事態宣言下であわてて決めるのでなく、平時に十分論議を尽くしておくべき話だった。
感染症への不安が他人への攻撃性に転化するのは明治のコレラ騒動でもあった人の悲しいさがである。罰則の適否は今後国会で検討されるが、いつの時代も政治や社会の成熟のほどを映し出す感染症の流行だ。