(筆洗) 笑顔のすてきな先生だったそうだ。給食の時間。先生はみんなに… - 東京新聞(2021年1月20日)

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笑顔のすてきな先生だったそうだ。給食の時間。先生はみんなに歌ってという。<今は山中 今は浜>。唱歌「汽車」。先生は歌声に合わせて、山や浜や鉄橋、汽車を黒板にどんどん描いていく。子どもたちは喜んだそうだ。先生はどんな歌も描けた。
戦後間もない時代。その人が教員だった当時の思い出をかつての教え子が書いていらっしゃった。画家で絵本作家の安野光雅さんが亡くなった。九十四歳。淡い色づかいにやさしいタッチ。見ていると引き込まれ、穏やかで懐かしい気持ちにさせられる。そういう魔法の筆に恵まれた方だった。
子どものころから絵描きになりたいと思い続け、毎日、絵を描いた。戦争で絵の具が手に入らない時代には看板屋さんからペンキをもらった。食紅も試した。とにかく毎日、描きたかった。
勉強のできない子や徒競走でビリだった子。そういう弱い子をいたわり、声をかけてくれる先生だったそうだ。やさしい魔法の筆の秘密を少しのぞいた気になる。
木組みの家々を描いた安野さんの作品が目にとまった。ヨーロッパの光景だろう。家がまっすぐ立っていない。それぞれの家がお互いを支え合い、少し傾いて立っている。少し傾いているからこそ、中の人間や暮らしを想像したくなる。絵の中に「物語」があった。
黒板の汽車が遠ざかっていく。車内でやさしい絵を描いていらっしゃる。