(私説・論説室から) 過去へのタイムトラベル - 東京新聞(2020年12月8日)

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生まれ育った田舎の実家には仏壇があり、ご先祖さまの遺影が壁に並んでいた。
昭和九(一九三四)年死去という曽祖父らの白黒写真。温かみを感じるより、幼心には死者への恐れが先立ったが、カラーだったら印象が違ったかもしれない。
先ごろ発売された「AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争」(光文社)を見て、生々しさに驚いた。人工知能の着色技術と関係者の証言などにより、モノクロをカラー化した写真集である。
川べりで夕餉(ゆうげ)を取る家族のカット。浴衣の青色が涼やかで、戦前にも平穏で幸せな生活があったと実感する。
真珠湾攻撃を受けた米艦の爆炎。市民はどんなに驚き、おびえただろう。
戦争末期、特攻機の乗員がつかの間くつろぐ一枚もある。褐色に日焼けした笑顔は、今夏に撮ったかのようだ。
写真集は、東大生の庭田杏珠(あんじゅ)さん(18)、東大大学院の渡邉英徳教授(46)の「記憶の解凍プロジェクト」の成果。庭田さんは「白黒写真に写った人が、カラー版を見て、詳細な記憶を語り出しました」と明かす。
被写体と無縁の第三者も、味わうのはタイムトラベルの感覚だろう。昭和の戦争がリアルに迫り、縁遠かった人ごとが自分ごとになる。「写っているのは、自分だったかもしれない」と不思議な思いが湧く。 (臼井康兆)