<南風>疎外される子供たち - 琉球新報(2020年11月30日)

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時代が大きく変わる時、子供たちは何を感じ何を思うのだろうか。
沖縄の日本復帰の年、ぼくは小学校5年生だった。世の中は何やら慌ただしく、学校も何かの騒ぎの真っ最中だったような記憶がある。でもそれ以上に覚えているのは、暑い日の閑散とした近所の本屋。ドルから円に変わった本の値段を前にぼくは途方に暮れていた。知らない世界に放り込まれたような気持ちだった。
その6年後、高校2年生でナナサンマルが起きた。右側通行が1日にして左側通行に変わった。横断歩道の下には見慣れない風景が広がり、街に混乱と喧噪(けんそう)が続いた。何かが良くなったのか悪くなったのか、ぼくには分からなかった。
あらゆる騒動は子供たちの頭の上で起き、子供たちを置き去りにしていった。
そしてぼくは「大人」になり、40年がたった。
世界は問題にあふれている。貧富の拡大とゆがんだ資本主義、終わらぬ差別、進行する環境問題、そしてコロナ。何かが起き、何かが行われ(あるいは行われず)何かが変わった。
相変わらず、子供たちは時代の混乱に放り込まれ、大人たちの作った規範に従うほかない。
先日そんな話を高2の娘とした。
「あなたたち大人のしてきたことを、どうして私たちが何とかしなくちゃいけないの、って正直思う」
昨年国連で怒りと涙の演説をしたグレタ=トゥーンベリのことを持ち出すまでもなく、子供たちはぼくら大人を見ている。ぼくらの作ってきた世界のさまを見ている。
幼かった自分が抱いたあの疎外感を忘れちゃいけない。この世界を担うのは大人だけじゃないんだ。同じ世界を生きる弱い存在に目を向け心を傾け、一緒に生きていくべきだろう。
より良い世界に向けて。 (山内肇、オーストラリア在住家庭医)