(私説・論説室から) これ以上、鬼を増やすな - 東京新聞(2020年11月16日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/68640

アニメや映画で大ヒットの「鬼滅の刃」では、鬼や、鬼を退治する鬼殺隊隊士らの過去が詳しく描かれている。特に、鬼たちの生い立ちはむごい。最初から凶悪だったわけではない。もともとは心優しい人間だった。
少年だったある鬼は病気の父親の薬を買うために盗みを繰り返し、捕らえられては痛めつけられた。申し訳なく思った父親は、立ち直りを願い自殺した。自暴自棄になった少年にある父娘が手を差し伸べる。娘に愛され、すさんでいた心は癒やされた。が、父娘は惨殺され、少年は怒りで鬼へと変貌した。
今や、自己責任や競争原理が強調され、弱者には厳しい時代だ。コロナ禍で苦境は深まり、人の絆も失われている。
残酷な描写が続くにもかかわらず、「鬼滅」に感動する人が絶えないのは、鬼たちが前世で遭った理不尽や差別が、身につまされるからではないだろうか。
復讐(ふくしゅう)を誓う鬼たちの毒は、令和にも回り始めているようだ。ネット上では、他者を容赦なく傷つけるバッシングが飛び交う。
鬼殺隊は政府非公認の、いわば自助共助組織。「弱き人を助けることは強く生まれた者の責務」との使命感で鬼に立ち向かう。その姿は美しいが、時に刀折れ矢尽きる。
鬼殺隊のような有志だけに犠牲を強いないためにも、公助は欠かせない。これ以上、鬼を増やしてはならない。   (熊倉逸男)